「冬のソナタ」以前、そして「冬のソナタ」以後
いずれは隣国の韓国について、書かねばならない時期が来ると考えていた。それは、ここ数年の僕の韓国に対する興味や態度の急速な変容ぶりを書くことでもある。
韓国ミュージックの世界では、ソテジ以前、ソテジ以後という言葉があるという。
ソテジは1990年代に活躍し、熱狂的に韓国の若者(10代がほとんどである。)に支持された伝説のロック歌手であり、現代韓国大衆音楽界最大の功労者である。
ソテジは、韓国が大衆社会に入った1990年代を象徴するスーパーアイドルとして、グローバル化する新世代文化の旗手として受け入れられ、その存在は神話的ですらあった。
このソテジ現象を真似て、僕は、僕の内部を変革していったものとして、あの「冬ソナ」を上げる。
「冬ソナ」は日本と韓国の両国の大衆段階での文化交流を象徴する素材であり、韓国が国際交流時代に贈った「第2のソテジ」だと、僕は考えている。
2004年の1月だったか、日本の世の中にはまだ韓国マニア程度しか「冬のソナタ」のことを知らなかった。
それが2004年の終わりには、「冬のソナタ」のペ・ヨンジュンは小泉総理より有名になった。
韓国ミュージックの世界では、ソテジ以前、ソテジ以後という言葉があるという。
ソテジは1990年代に活躍し、熱狂的に韓国の若者(10代がほとんどである。)に支持された伝説のロック歌手であり、現代韓国大衆音楽界最大の功労者である。
ソテジは、韓国が大衆社会に入った1990年代を象徴するスーパーアイドルとして、グローバル化する新世代文化の旗手として受け入れられ、その存在は神話的ですらあった。
このソテジ現象を真似て、僕は、僕の内部を変革していったものとして、あの「冬ソナ」を上げる。
「冬ソナ」は日本と韓国の両国の大衆段階での文化交流を象徴する素材であり、韓国が国際交流時代に贈った「第2のソテジ」だと、僕は考えている。
2004年の1月だったか、日本の世の中にはまだ韓国マニア程度しか「冬のソナタ」のことを知らなかった。
それが2004年の終わりには、「冬のソナタ」のペ・ヨンジュンは小泉総理より有名になった。
彼は、冬のソナタのチュンサンとミニョンの二役を演じている。
恋人役のチェ・ジュウ演じるユジンが高校時代、転校生として出会いそして恋した男がチュンサンである。
チュンサンは、交通事故で記憶を失い、10年後、青年実業家ミニョンとして、まったく別の人間として、昔の恋人であるユジンの前に突然帰ってくる。
このユジンとチュンサンにからむ恋敵役として、サンヒョクとチェリンがいる。
冬ソナに描かれた人間たちは実に良く出来ていて、この他の脇役たちも光を放った演技をしており、主人公の二人よりも脇役の方に興味をもった方々もおられることと思う。
僕にとって、冬ソナとの出会いは、ソテジと出会った1990年代の韓国のティーンエイジャーの立場と似ていると考えている。
それまでの僕は、結構受験生として一生懸命で、テレビや映画やドラマとは通りいっぺんの付き合いをしていた。
そういう世界のものを自分で遠ざけて来た様である。
そして受験生を終え、日本の国の各世代の中では比較的のんびり出来る大学生になったそんな時、韓国ドラマと、それも非常に良質な良く出来たドラマである「冬のソナタ」と出会った。
僕はそれまで、韓国ドラマを見たことがなかった。ドラマだけでなく、韓国についても歴史の教科書に記述してある知識程度しか持ち合わせていず、韓国についてそれ以上知りたいとも思わなかった。
2002年のワールドカップ共同開催時もそんな感じだった。
冬のソナタは2002年冬放映のドラマである。
2003年の秋、偶然近所のビデオショップで冬のソナタを借りた。まったく偶然の出来事で、その頃はまだ、冬のソナタは各巻1本ずつしか置いていなかった。
噂になっている「冬のソナタ」でも見ようかな、そんな気持ちだけだったと思う。
そして、1本見て、結構面白いなと感じ、全巻を通しで見た。その頃から、書店に「韓国ドラマコーナー」が出来たと記憶している。
僕はおきまりのように冬ソナのユジンに惹かれ、そして韓国にも惹かれた。
そして、冬ソナの国「韓国」を歴史の教科書程度の知識ではなく、もっと広範にもっと深く知りたいと願った。
冬ソナ以前、僕が韓国について知っていることと言えば、キムチとオンドルと焼肉(プルコギという言葉は知らなかった。)程度。ほとんど歴史の教科書に載っている高句麗とか新羅とか百済とかの名と、秀吉の朝鮮出兵とか、日韓併合とか、断片的な年表の羅列程度が出来るだけだった。
韓国の公用文字のハングルも、どういう仕組みの言葉かまったくわからず、漢字で用が足りると思っていた。
冬ソナ以前、僕は韓国に対してまったく無知だったし、興味も持たなかった。
冬ソナ以後、僕は韓国に対してある程度知識を積み、ハングルや韓国文化や風土について、少しなら他の人に語れる程度に成長した。