【お話】夜の物語の少女
夜の物語の少女。そう呼ばれているけれど、別におとなしやかなわけじゃない。勝手なイメージで見ないでね
もらったステキコーデ♪:6
ハーミア。それが、わたしの名前。
恋人であるライサンダーをさがして、夜の森を駆け抜けた少女。
つつましやかで、おとなしいなんて、誰が言ったの?
父親の言いつけにさからって、家を出る。獣やあやかしの蠢く夜の世界を、一人で駆け抜ける。
相当に気が強くなきゃ、できないわ。
今と違って、灯りのない夜なのよ。
森の中は、魔物がうごめく異界そのもの。
そんな中を、たった一人で駆け抜けた。
心変わりをした、恋人を取り戻すために。
わたしはハーミア。
夜の物語で語られた少女。
受け身じゃない、力強さを。あきらめない、したたかさを。
行動で世界に示した。それがわたし。ハーミア。
***
シェイクスピアの、真夏の夜の夢。
父親の決めた婚約者との結婚を拒否したため、死刑にされそうになるハーミア。
かけおちをしたライサンダーは、心変わりをして、森にハーミアを置き去りにしてしまう。
「森に置き去り」と聞いても、今のわたしたちだと、そうなのかー、ぐらいの感想なのですが、16世紀の夜の森は、異界そのもの。真っ暗で、女性が一人でそんなところにいるなど、考えられない場所でした。
それでも父親に逆らい、恋人を探して、森をさまようハーミアは、決して受け身ではなく。実はとても、力強い女性でもあった、と、思うのです。
追記
ハーミア、という名前の由来を調べてみたところ
「ギリシャ神話のヘルメス神から転じた名前」
というのが、出てきました。ヘルメスは、神々の伝令役をしていた、足の速い神さまです。英語だとマーキュリー。賢くて足が速い、とされたため、泥棒の守護神にもされました。
そのヘルメス、が、ハーミスになって、女性名に変化して、ハーミア、なんだそうです。フランス語だとヘルミーネ。
また、これが変化して、ヘルミオネ、とか、ハーマイオニ、という名前になっていくらしい。ハリー・ポッターに出てきたハーマイオニは、この辺りからの名前です。
そして、古代のギリシャ悲劇に、「トロイのヘレネ」、という有名な物語があるのですが。トロイア戦争の引き金になった、絶世の美女ヘレネ。スパルタの王妃でしたが、トロイの王子パリスと駆け落ちします。
真夏の夜の夢で、ハーミアの親友であり、恋のライバル的な位置に置かれている少女の名前がヘレネでした。
そしてこのトロイのヘレネの娘の名前が、ヘルミオネ、ハーマイオニです。母親のヘレネが、トロイの王子パリスと恋に落ちて駆け落ちしたとき、置いていかれました。
シェイクスピアさん、このあたりを意識していたのかなあ、と思っていたのですが、もう少し調べていると、別の名前が出てきました。
ヘルミネギルド。
6世紀の西ゴート族の王子です。ヘルミネギルド、という名前自体には、ヘルメス神の影響はなく、ゴート語で、大きなぶんどり品とかそういう名前なんですが。
発音が似ている。
そしてこの王子さま、「父親に逆らって処刑」されています。
彼はカトリックの信者でしたが、当時の西ゴートは、アリウス派のキリスト教が主流でした。父親である王は、息子に、カトリックからアリウス派に改宗しろと命じましたが、これを拒否したため、ヘルミネギルドは処刑されます。
そのため、後に、カトリックの聖人とされました。
シェイクスピアは、エリザベス一世の時代の人で、当時のイギリスは、英国国教会です。エリザベス一世の父親のヘンリー八世のころ、政治的なあれこれがあって、ローマ・カトリックから分離しました。
その後、法律で、国民はすべて英国国教会の信徒でなければならない、みたいになっていきました。
その結果として、カトリックの人たちは、迫害されていました。修道院が焼き討ちをかけられたり、修道士がつかまって殺されたり、いろいろあったみたいです。この辺のことは、その時代を舞台にした児童文学にも、さらっと出てきます(「時の旅人」アリスン・アトリーなど)
そして、シェイクスピアには、「隠れカトリックだったのではないか」という説があるそうです。それというのも、彼の作品には、カトリックの司祭や修道士などが、尊敬される立場で良く登場するからです。
しかし、あからさまに「修道士さんたち、すごいよ! 尊敬しようね!」みたいに表現してしまうと、劇団員もろともお縄になってしまう。それで彼は、ギリシャ神話や、古代の民話、伝説を引っ張り出してきて、さらには妖精たちの物語も混ぜ込んで、
「これは、今とはちがう、昔の世界の話だから、カトリックの司祭とか修道士が出てきても、気にしないでね。舞台上の演出ですよ~」
という風に持っていったのではないか。と。
その辺のことも考えて、「ヘルミネギルド」と「ハーミア」、「ハーミア」と「ヘレネ」、さらに脇役として出てくる妖精王オベロンと妖精女王ティタニアの扱われ方を見ると、
1.父親の言いつけに逆らって、死刑を申し渡された。(カトリックの聖人ヘルミネギルドは処刑されるが、そのことで栄光を得る。
ハーミアには助けの手が伸ばされる。なお、駆け落ち相手のライサンダーは、スパルタの有名な将軍の名前。ハーミア=スパルタの王女ヘルミオネ(ハーマイオニ)を助けるのに、時代は違うけど、有名なスパルタの将軍の名前を持ってきたわけです)
2.駆け落ちをする。(トロイア戦争ではヘレネが駆け落ちをし、娘であるヘルミオネ=ハーミアを置いていくが、真夏の夜の夢では、ハーミアが駆け落ちをし、ヘレネを置いてゆく。
なお、真夏の夜の夢では、ハーミアとヘレネが大喧嘩をしているが、スパルタとトロイの戦争を思い起こさせると同時に、母親においてゆかれた娘の怒りも考えさせられる)
3.女王が愚か者として描かれている(ティタニア)→エリザベス女王と英国国教会を暗に非難している?
恋のどたばた劇として作られた作品ですが、考えてゆくと、いろんな比喩やひっかけ、察してくれ、との意図が、当時の人々が知っていた物語の筋を利用しながら、ちりばめられている作品でもあるのだなあ、と。思ってしまいました。