ごま塩ニシン

封印された遺書(9)

小説/詩

「連絡頂ければ、葬儀に参列させていただいたのに残念です。」
 藤木文子は困った顔をした。
「それがね。北野さんは亡くなられる前に奥さんと離婚の手続きをされていて、奥さんに連絡したら、もう、別れた相手です。かかわりあいたくないと言って、葬儀の喪主になることを拒否されたのです。古屋弁護士が間に立たれて、困っておられました。それで、よろず生活館の関係者のみで葬儀を出したのです。」
「そうだったのですか。」
 君岡は十月の日程であれば、連絡を受けても、バスの添乗業務で参列できなかっただろう。済んでしまったことで今更、悔やんでみても戻ってこなかった。
「北野が残しておいた仕事がありまして、古屋さんと相談しながら、残務処理をしてきたのですが、年末までに目途が立って、こうして事務所の整理をしているところなのです。やっと、ここまでたどり着いたという感じです。」
「そうだったのですか。何も知りませんでした。藤木さんには感謝です。」
「そんなことありません。北野さんには、いろいろと教わりました。」
「それで位牌などは、古屋弁護士さんが管理されているのですか。」
 経過説明を終えて、ホッとしたのか、藤木文子は表情をやわらげた。
「いえいえ。北野さんには兄さんがおられまして、その方が遺骨などを四国の故郷の方へ持って、帰られました。」
「そうか。彼の出身は四国だったね。」
 ここで君岡は、北野が実家のことで複雑なことがあるのだと言っていたことを思い出した。確か、彼の家は鎌倉時代から続く旧家で親戚も多く、面倒なことがあって困るよ。俺は三男だから、聞き流しているが、上の兄貴らは苦労していると言っていたことであった。
「葬儀が終わってから、上のお兄さんが遺骨を取りに来られて、それで北野さんは生まれ故郷に帰られたと言うことです。」
「なるほど。そうでしたか。故郷にね。一番安心ですね。」
「あのう。もし、詳しいことを、お知りになりたければ、藤木弁護士に聞かれると、多少は分かると思います。」
 こう言って、藤木文子は段ボールをテープで封印した。