ごま塩ニシン

すれ違った影の交錯(7)

小説/詩

 遺言書の内容が判明した時、北野圭太の態度がガラッと変わった。弟の子供だと思い込んでいた兄は、浩美が北野政頼の血縁でないことが分かると安堵した表情になった。一定の踏ん切りがついたということだろうか。
 この時、古屋弁護士が場の雰囲気に水を差した。
「文面上、無精子で自分には子供ができないと筈だと、亡くなった政頼さんは書き残していますが、これが事実かどうかは分かりません。言葉だけでは証明になりませんから。お兄さんの圭太さんは弟さんから無精子だったという検査結果を知らされていましたか?」
「弟からは何も聞いていませんでした。」
「でしょう。お兄さんの考えの中には、弟の政頼は正常だったという意識があったから、浩美さんに弟の血が流れているという思いで、これまで考えてこられたのではないですか。」
「そうですが。しかし、弟が遺言までしているのですから、本当のことを言い残しているのと違いますか。弟は気の優しい男なんですよ。自分の血が浩美に受け継がれていなくても、親として振る舞ってきたんですよ。はっきり、言えばね。明美さん。あなたが悪いのですよ。誰の子供を身ごもったか、あなた自身が一番知っているのでしょう。それを隠して、弟を騙してきた。浩美が大きくなってから、政頼に別れてくれと要求したでしょう。私から見たら、相当なエゴイストですよ。夫である政頼を裏切ってですよ。やり方がひど過ぎます。」
 明美は黙って聞いていた。反論できなかった。夫の政頼は、浩美が自分の子でないと知りながら、一言も言わなかった。あくまでも北野家の後継ぎのことを政頼は考えていたということになる。