おすがり地蔵尊秘話(2)
散歩から帰ってくると、キッチンにいた妻の秀子が来てくれと言う。私は2階の書斎へ階段を上がりかけていたが、振り返って妻の顔を見た。表情がいつもと違って険しい雰囲気である。だいたい、私のことを軽く見下しているから、表情が曇り空であっても、普段のことだから特に驚くことはない。
「何か。」
私は気楽な気持ちで応じた。
「あなた。この本は何よ。ひよっとしたら、私を毒殺しようと、企んでいるのじゃないの。」
こう言うなり、テーブルへ毒物に関して図書館から借りてきた本を投げ出した。
「乱雑に放り投げることもないだろう。俺の本ではないからな。」
「どういうつもりなの。本にカバーまでして、私に隠して、毒の研究でもしているのですか。わたしだってね。碌でもない亭主に、黙って殺されたくなんかありませんからね。一体、どういうつもりなのよ。」
「それはね。推理小説を書くための、単なる資料だよ。公的な図書館で貸し出されている本じゃないか。それを借りて来て、何が問題なのですか。」
私はゆっくりと話した。
「何言ってるの。じゃね、どうして本にカバーをして隠しているのよ。何か魂胆があって、自分の気持ちに後ろめたいものがあるから、カバーをしているのではないの。あんたの薄汚い根性が見え見えじゃないの。」
「お前ね。どうして、そう、ひねくれて解釈するんだ。魂胆なんて、何もないよ。誤解もいい加減にしてもらいたい。」
私はテーブルに投げ出された三冊の本を揃えて、小脇に抱えた。本のカバーはどうなったのかと思った。どうせ、腹立ちまぎれに破ってしまったのだろう。こんな推理をしていると。丸めた紙をテーブルへ妻の秀子が再び、投げつけた。
「本のカバーに葬儀社の封筒を使っているのは、どういうことなのよ。あなたは私を殺害して、葬式のことまで考えているのですか。」
もう、形相が引きつってきた。胸の内が煮えたぎっているのであろう。こんな状態で、いくら反論しても理解してくれそうにない。
「バカな。空想は止めてくれないか。推理小説の材料となる本を読んで、どこに問題があるのだ。子供じみた邪推はやめてくれ。」
こう言って、私は2階へ上がろうとした。