おすがり地蔵尊秘話(6)
昨夜は友人と飲んだので朝寝坊してしまった。一人暮らしになってから起きるのが億劫になって、お腹が空いてきたと感じてからベッドを離れるようになってしまった。秀子がいる時は、朝の片付けが出来ないからと、半ば強制的に食事をしてきた。こんな日々の中で玄関のチャイムが鳴った。宅急便でも来たのかと一瞬思ったが、通販で買い物をしたわけでもないので町内の誰かが急死して、緊急回覧板でも回って来たのかと玄関の鍵を外した。
「おはようございます。突然、お邪魔して、申し訳ありません。」
優子の夫が立っていた。
「今日は何曜日だったかな。市役所へ行かなくていいのか。」
「金曜日です。年休が余っているものですから、家にいたら、優子がお父さんの様子を知りたいので、見て来てほしいというものですから。」
こう言って、駅前で買って来たというケーキの白い紙箱を見せた。
「まあ、上がってくれ。掃除は出来ていないが、何とか生活しているよ。」
玄関からキッチンにかけて物の移動は何もしていない。妻の秀子が出て行った状態で保存してある。自前で炊事をしているわけではないから、コンビニで買ってくるプラチック塵くらいである。ただし、コーヒーだけは商店街にある豆の焙煎屋から挽いた粉を買ってあるので、私はポットの湯を小鍋に移してコーヒーを淹れることにした。
「出発は本のことでしたか。」
「そうだ。毒の本を読んでいたら、私を毒殺する気なのかと激しく言うもんだから、俺はびっくりしたよ。その後、図書館で借りた本も直ぐに返却したしね。俺に言わせれば、何を一体、妄想しているのだと言いたいね。」
私は強気で言った。この優子の夫の前島健太という男は市役所の福祉課にいるだけあって、物言いはソフトである。まず、相手の意見をじっくり聞いてから物事を進めていくタイプなのだろう。私の淹れたコーヒーを飲み、ケーキを食器棚にあった皿に出して、どうぞと私に勧めてから、おもむろに言った。
「実は、お母さん。精神的に不安定になってきているのです。」
この意外な言葉に私は健太の顔をしっかりと見つめた。