おすがり地蔵尊秘話(10)
車に乗ると、10分くらいですと横谷青年は言った。
「交通の便は車しかないのですか。」
私は早とちりして失策する場合が多いので、営業の車に乗せられてから、バス便はないのかと気付いた。
「そうですね。バスは1日に3本くらいですね。だけど、田舎の雰囲気を求めるとすれば、3本くらいが適当じゃないですか。そう思いません。あんまり便利だと、田舎暮らしではなくなりますからね。田舎と都会の中間くらいがいいでしょう。」
横谷青年は客を営業車に乗せてしまえば、自分の範疇に引き込んだとも感じているのか、説明にどこか強引さが伺えた。住宅地を抜けると農業用水路沿いに進んだ。立派な鉄製の橋があって、橋の手前にバスの停留所があり、古ぼけたベンチが置かれているのが目に入った。ここから山の斜面を這うように細い道を車は進んだ。対向車はほとんどない。やがて、前方に寺の門構えが見えてきた。この寺の前にもバスの停留所があった。このバス停を右折れすると、先程見た水路に繋がっているのか、谷あいに渓流が走り、山肌に棚田のある風景が広がった。農家がポツンぽつんと傾斜地に添って建っていた。
この中に石垣を積んだ家があって、この家の前の坂道を、一気に登り切って車は止まった。農家の前は畑になっていた。犬がワンワンと泣いた。横谷青年は慣れたもので、片手を差し出し、恐れずに犬の頭を撫でた。私は腕時計を見た。10分くらいですと説明されていたが、13分経過していた。それにしても駅前から、わずかな時間で棚田のある風景を見られるとは意外というか、私も世間知らずであったと感じた。
「奥さん。おられますか。電話をしました横谷です。」
青年は大きな声で奥座敷へ呼びかけた。何かを片付ける物音がして、私よりも十歳くらい年上らしい老婆が現れた。ということは御祖父さんというのは何歳で亡くなったのだろうかと、私はふっと思った。
「ああ、横谷さんね。」
離れ座敷に住んでいて、昨年亡くなった御祖父さんの息子の嫁というのが、この人なのだろうと私は判断した。
「あのー。離れを借りたいという方をお連れしました。木原順一郎さんです。」
青年は、私をフルネームで紹介した。
「ああ、そうですか。それはそれは。ご苦労様です。」
こう言って、老婆は私を見詰た。