ごま塩ニシン

おすがり地蔵尊秘話(14)

自作小説

 下見した物件の内容が自分が想定していたものと近似値であったことで私は安心感をもった。ここなら、じっくりと今まで構想してきた小説を完成させられるかもしれない。今、決断して実行しなければ、もう、何もできないかもしれない。周囲がどんな非難をしようが、この際、思い切って、妻の秀子と別居して創作活動に専念したいという決意が固まって来た。家主と横谷青年には引っ越しの準備もあるので3日間だけ時間を貸して欲しいと了解を取り付けて、その日は別れた。
 自宅に帰ると、電話が鳴り続けていた。
「はい。」と受話器に口を付けて、応えた。
「何度も、何度も電話しているのに、お父さん、どこへ行っていたの。」
 優子の不機嫌な声が耳に響いた。
「ちょっと、出掛けていただけだよ。それより、お母さんは元気にしているかね。」
「気になるのでしたら、お母さんに代わりましょうか。」
「いいから。いいから。また、口喧嘩になるだけだから。急がんでもいいから。まあね、ちょっと、冷却期間を置いて、お互いの生き方について、じっくり考えてみる機会かもしれない。俺はね、優子。正直に言うよ。優柔不断で書きたい小説もじっくり考えて、書けなかったから、人生を反省している。この際、優子にも言っておくが、お父さんは家を出て、お父さんは別居をして、小説を書く。そして、何も書けなかったら、きっぱりと諦める。そのために3か月間の猶予を欲しいのだ。これで駄目なら、きっぱりと諦めて、お母さんの軍門に降る。こう考えているのだ。このことはきっぱりとお母さんに言っておいてくれないか。」
 いきなり結論を突きつけられて、優子は戸惑ったのか、返事に窮したようであった。しばらく黙っていた。
「出ていくって、どこへ行くのさ。」
「今日、下見をしてきて、一応、目途はたっている。」
 ここまで言うと、私は体が軽くなるのを覚えた。この時、状況が変わったと判断したのか、優子は電話を妻の秀子に手渡したのであった。