ごま塩ニシン

おすがり地蔵尊秘話(17)

自作小説

 妻の弱気な態度に接すると、何か形勢が逆転してきたような気持になった。あれだけ、私を毒殺つもりなのかと、大きな声で反発していた秀子の様子が変わってきたことが愉快であった。そもそも、俺は気の弱いところがいけないのだと思った。どーんと大きく構えて、自分の我欲を貫く方が、人生を上手に渡れるのではないか。あまりにも小説を書くことにこだわって、生活の枠を狭めてきたように感じられる。
「静次君に、俺の方からメールしておく。俺は自分で何か事業をしたいという気持になったことはないが、会社を退職するまでは、お前には仕事のことで何も言ってこなかったが、倒産した企業の財務整理を専門にやってきている。だから、ちょっと経営に行き詰まったくらいの会社を、どのように転がしたらいいか、専門職の人間をたくさん知っているからな。」
 この際だと思って、私は秀子に大風呂敷を広げてやった。すると、「あなた、申し訳ないけれども、よろしくお願いいたします。」と返事が返って来た。人間生活というものは所詮、こんなものである。困ってくると、寄り合うようになる。それまでは敵対して、罵り合っていたのに手の平を返したように友好接近していく。人生というのは、こういうものなんだろう。私は腹の中で冷笑した。
 メールを発信すると、秀子の弟の古川静次から「明日、昼頃に伺います。」と返信が返って来た。よっぽど追い込まれているようだと私は感じた。小規模の印刷会社は人手不足であるから、何かの企画で失敗すると売り上げを取り戻すのが大変である。運転資金に困って、闇金なんかに手を出すと借金が膨らむ一方で、たちまち経営が頭打ちになってくる。こうしたケースの企業を私は現役で仕事をしている時に何度も見てきている。義弟の悩みもある程度、予測がついた。ただ単純に助けるだけでは、再び、頭打ちになることは目に見えている。問題は、これまでのやり方を反省して、どのような視点をもって改革していくかが重要である。義弟がどんな考えを持っているのか、しっかりと見定めなければならないと思った。