ごま塩ニシン

おすがり地蔵尊秘話(22)

自作小説

 藤森弁護士が帰った後、私は、彼から聞いた話を秀子や義弟の妻の君子に内緒にしておこうと決めた。これ以上、波風を立てたくなかった。覆水盆に返らずで今さら実は、こうなってしまったと話して何になるだろうか、一種の絶望感であった。出来るだけ虚無的な思考はしたくなかったが、無念と言えば、それまでだ。ある意味、闇金グループが一掃されたことによって、救われた人も出てくるはずである。こうプラス思考していくしかなかった。
 事実、轢逃げ犯人を警察は潜伏先で逮捕した。このニュースが二日後に報道されたのである。私が案ずるより秀子から早速に連絡があった。
「轢き逃げした奴が捕まったの。あんた知ってる。」
 咳き込むように早口で言ってきた。
「よかったじゃないか。これで仏さんも安心だろう。」
「そうよね。胸の、つっかえがなくなったわ。それはそうと、あんた何時まで、其処にいるつもりなのよ。小説の方は書けてるの。」
 秀子の言い方が変わってきた。感情の変化が手にとるように伝わってくる。夫婦喧嘩というものは、こうして納まっていくのだろうか。
「まだ、しばらくかかりそうだね。」
「そう。それなら、できるだけ頑張って。何か、欲しいものがあったら、言って。届けてあげてもいいから。」
 遠慮しながらも、秀子の御機嫌が言葉に潤いを与えていた。
「今のところ、特に入用がないから。お前もインフルエンザにかからないように用心してくれよ。」
「分かりました。じゃ、また。」
 会話は終わった。私は寝転んで春日杉でできた天井板を眺めて、しばらくボーとしていたが、急に寂しくなって酒でも飲みたくなり、バスの時刻を調べて、駅裏の居酒屋へ出向いた。演歌の文句じゃないが、寂しくなったら酒が親友に思えてくるのであった。