夜霧の巷(7)
菅原は、後ろの席にいる二人の男の会話を偶然、耳にした。
「スゲーな。ヒットしたな。これ金になるのと違う。」
キーの高い男の声であった。
「もーちょっと、数字が伸びたら、いいんだがな。」
最初は興味が湧かなかったが、菅原は閃きを感じた。話題になっている橋の上から人物が消えたというユーチューブのことだろうか。一つの偶然が、身近に転がっていることが半信半疑であった。だが、漏れ聞く会話の内容に慎一郎の耳は緊張した。
「他にも、映像があるだろう。」
「あるには、あるが、雨だったから、鮮明に撮れてないんだ。それに一瞬だろう。カメラは二台設置しておいたが、投稿した方がトリック的で面白いと思ったんだ。まあ、注目されただけでも、気分いいよ。」
こう答えた男性は低音で奇麗な声の持ち主であった。
菅原は座る姿勢を変えて、脚を組み直した。瞬間、ちらっと二人の若者を見た。大学生のような服装であった。ユーチューブの話はここまでで終わった。この後、二人の若者の会話は交際している女性のことに移っていった。慎一郎は緊張しながら、まさかとは思うが、港で発見された溺死体の男が橋から転落する状況を映像に収めたユーチューバーが後ろの席にいる。一気に信じられなかった。そもそもである。溺死体の男とユーチューブの映像の男が同一人物かどうかも、はっきりしていない。もし、繋がりがあるとすれば、警察から若者に問い合わせが、あったとしても不思議ではない。今の会話では警察を匂わせるような言葉を感じなかった。素人が野次馬的に思い込み過ぎて、騒ぎ立てるのは過剰反応かもしれない。こう反省しながらも、慎一郎は何故か感情が昂ぶってくるのであった。
世の中はある意味、偶然で構成されている。あり得ないことが、身近で発生したとしても不思議なことではない。実際に、あり得ないことが国会でも討論され、行方不明になった公文書があるではないか。メーカーの品質偽装問題もそうである。世間というのは、何が、どうなのかは藪の中だ。
慎一郎が思いを巡らしていると、二人の若者が勘定を終えて、道路に出て行く姿がガラス越に見えた。この時、迷っていた慎一郎の気持ちにスイッチが入った。彼はテーブルにあった勘定書を掴むと、千円札を添えてレジイーに置くと、若者の後を追いかけた。
「お客さん。お釣りです。」
ウエイトレスが慌てて呼びかける声を、、慎一郎は背中で聞いた。