ごま塩ニシン

夜霧の巷(13)

自作小説

「車の窓から腕を出しているのがはっきりと分かるね。」
 慎一郎は冷静に分析していた。
「慎ちゃん。だけど、腕が出ているだけじゃない。何で、腕なんか出したのよ。」
「決まっているだろう。酔っ払いを橋から突き落としたんだよ。ちょっと触っただけでも、よろよろと歩いていたら、運河の橋なんて、欄干も低いから、ふらついて川へ転落するよ。それにさ。ちょっと触るだけなら、溺死者の体に衝撃の痕跡は残らないだろう。これは考えた犯罪かもしれない。」
 菅原慎一郎の胸にはルポのテーマが燃え上がってくるのであった。
「確かに、そう言われてみれば、可能性はあるかもしれないね。だけど、一気に俺はこう思うと決めつけて大丈夫なの。思い過ごしって、よくないから。」
「こうなったら、ルポライターとしての勘だよ。」
「でもさ。歩いている酔っ払いを、いきなり突き落とさなければならない因果関係というか、犯人の動機が分からないじゃないの。」
 浜岡由梨花もバカではない。慎一郎に思いを寄せる以上、誤った方向に走らせたくなかった。厳しく辛辣な意見を言った方が、お互いのためになると感じた。
「由梨花の言う通りだ。そこが問題なんだ。」
「でしょう?。酔っ払いが車の側に寄りかかって来たので、手で除けたということも考えられるじゃない。不可抗力ということもあるから。」
「うーん。まんまり余計なことを言って、俺の推理を攪乱させないでくれよ。お前は、いつも俺の頭をかき回すことしか考えてないからな。うんざりするよ。」
 慎一郎は短気に言ってしまった。
「まあー。言ったわね。一緒に考えているのに。うんざりするなんて。なによ。」
 二人の会話を聞いていた伯母がここでタオルを投げた。
「由梨花さん。あんた、今日は久しぶりに泊っていかない。」
 こう早水陽子は言ったのである。関心は犯人探しから、慎一郎と由梨花の感情の炎に覆いが被さった状態になった。内心に煙が立ち込めた。慎一郎は黙ってしまった。由梨花は返答に困った。しばらく考えて、彼女はこう言った。
「コーヒーショップの朝のオープンもありますので、またの機会にします。」
 実際に由梨花は家に帰ることを忘れていたくらいであった。と同時に慎一郎を怒らせてしまたので、ここが引き時と判断したのであった。