夜霧の巷(18)
上林は、ふと浮かんだ閃きに突き動かされて、階下のリビングへ降りて行った。無職のフリーター木崎龍平がいた。木崎の家は骨董品を扱う古道具商で、屋号は開珍堂といった。明治時代から続いていると木崎は誇らしげに言っていたが、真偽は定かではない。ただ、古い書画を扱うのであれば、中国の古い書物なんかを読み解く知識を木村の父親が持っているかもしれないと上林は思ったのである。拾ったものといえども、何か因縁が隠されているかもしれない。新札で20万円という金が封筒に収められていた。小さなノートに謎めいたものが秘められているかもしれない。ここに書き込まれてある漢字の行列、この意味を解明するのは面白いと上林は考えた。
「やあ。」
テレビのニュースを見ている木崎に声を掛けた。年齢的には上林より二歳年上であるが、家業の継ぐ修行をしていると言っているが、生活の実態を見ている限り、悠々自適の遊び生活をしているだけである。出掛ける時は美術館や図書館通いをしていると口実を言うが、果たしてどこをウロツイているのか、疑問である。
「おう。」
木崎は、こう応じただけで視線を上林に向けることはなかった。普段、顔を合わせても共通の話題がないから、ヤー、オーで十分だとお互いに認識しているのかもしれない。テレビは国会運営のゴタゴタをコメンテーターが解説しながら、意見を述べていた。木崎はどうやら、政治的な話題に興味があるらしい。
「木崎さん。ちょっと、見て欲しいものがあるのだが、いいだろうか。」
上林は控えめに言った。このシェアハウスで他人に頼みごとをするのは初めてであったからだ。
「なに。売りものか。」
木崎は古物商らしい受け答えをした。
「実は、このメモノートなのですが、ここに書かれている漢字の意味が、もし分かれば、教えてほしのです。」
こう言って、上林はノートを開いて、手渡した。
木崎は2、3分漢字を睨んでいた。
「漢詩でもなさそうだな。中国語の会話でもないし。なんだか、暗号のように思えるが、しかし、さあ。俺には分からん。」
あっさり諦めて、木崎は上林にノートを返した。
「分かりませんか。残念。あきらめるか。」
上林は、これまでかと観念した。