夜霧の巷(25)
二人の刑事と制服を着た警察官が店に入ってきたのは数分後であった。
「事件を目撃されて、警察に連絡してこられたのは、どなたですか。」
刑事が入ってきたので由梨花は仕事顔に戻っていた。先ほどまで慎一郎の胸に縋って、鳴き声で「怖かった。」と訴えていた姿は演技だったのかとアルバイトのウエイトレスは思ったくらいだ。
由梨花は二人の青年が店に入ってきた様子であるとか、注文した昼のランチ定食などを説明した。二人の青年が何について会話をしていたのか、アルバイトの女性を含めて刑事は詳細に聞き取ろうとしたが、特に注意をして聞き耳を立ていたわけでもないから、断片的な言葉しかわからなかった。ただ、「指導権は取ったな。」というフレーズを聞きましたと由梨花は答えた。刑事というのは、信太盛太郎の件でクラブ霧笛に北川美佐を訪ねて来た二人であった。若い方の刑事はクラブ夜霧のママに写真を見せて人物確認を求めてきた二宮健次であった。
一巡の質問を終えて、二宮刑事は店の隅の方で様子を伺っていた菅原慎一郎に視線を向けた。この時、二人の視線が合い、両者の顔が場の雰囲気を解きほぐすように笑顔に変わったのであった。
「やあ。先輩じゃないですか。」
二宮刑事の呼びかけに菅原もびっくりした様子であった。
「ええ。二宮。おまえ、刑事になっていたのか。」
二人は高校ラグビー部での先輩と後輩で練習に励んだ仲であった。
「そうなんです。ですが、先輩はどうして、ここに居られるのですか。」
「この店の店長と知り合いでさ。事件を目撃して、びっくりして、すぐに来てくれというもんだから、さっき来たばっかりなんだ。」
こう言って、菅原はルポライターの肩書のついた名刺を差し出した。菅原はヤクザの仕返し事件のようなピストル殺人事件であるならば、興味を抱くものの事件の解明は難しい。もし、暴力団の組抗争であるならば、取材は困難であるだけでなく自分が求めているジャンルでもない。どのようにすればいいのか迷っていた。ところが現場に姿を見せた刑事が高校のラグビー部の後輩であったことで、遠くの事件が急に身近なものに感じられた。