夜霧の巷(30)
「運河の橋から転落した信太という人の事件があったけれど、あれは、その後、何か、進展があったのか。」
菅原慎一郎は思い切って、核心に触れてみた。
「さあ。どうですかね。扱う課が違いますので詳しいことは分かりません。」
二宮は関心のない涼しい顔で言った。
「車に跳ねられて、運河に転落したのではないかと、交通事故死の見方も出ていたと聞いているが、事件性はなかったのだろうか。」
「先輩は詳しいですね。あの件で、関係した車両の運転手が今回のピスト事件の被害者ですから、口封じされたのではないか、あるいは抗争の仕返しではないかとか、いろんな見方が出ていますが、あれは誤解から生じた事件ですよ。」
「誤解?どういうことなの?」
意外な二宮の解釈に菅原は首を傾げた。
「ピストルで撃った方が、単なる事故なのに、やられたと誤解している。私には、このように思えてならないのです。」
「なるほど。そんな見方もあるのだな。」
「だから、狙撃した方が誤りに気付いて、何らかの謝罪をして、落し前をつければ、事態は収まりますよ。」
まるで模範解答を読み上げるような二宮の見解であった。
事件に裏があるのではないかという先入観で見ていくと、すべての出来事を関連付けて、見ていこうとするが、個々のケースを微細に分析して、相互依存性を客観的に実証する証拠がないならば、無理に関連付けて把握することは意図的、恣意的になってくる。二宮の見解は理路整然としていた。この男は出世していくかもしれないと菅原は感じた。しかし、物事には裏の裏がある。深読みすれば、二宮は意識的に菅原の事件への関心を諦めさせようとしているのかもしれなかった。この時、後輩から先輩への配慮があったかもしれないが、菅原は気付いていなかった。