夜霧の巷(32)
もし、古宮の推測通りだとすれば、信太盛太郎は故意に運河橋から突き落とされた可能性がある。ならば、これは犯罪である。どのような意図で信太が殺され、この殺害の仕返しとして、青垣がピストルで撃たれたのか。一連の流れとして結びつけると、これは抗争事件ではなかろうか。事態の背景に何か大きな利害が絡んでいるかもしれない。全く平凡な交通事故を装って、犯罪事件が起こされたことになる。
「事件だとすれば、動機はどのようなものだろうね。」
菅原は古宮雄太の顔を見詰めた。
「そんなこと分かりません。むしろ、動機を調べるなら、菅原さんの方が専門じゃないですか。ルポライターを目指しておられるのですから。」
しっかりと古宮は菅原を見詰め返した。
「いやー。そういわれても、今のところ、見当がつかないよ。」
菅原は腕組みして表通りに視線をやった。
「薬物関係のトラブルですかね?背後に怖い人がいるとか。」
探りを入れるように古宮は言ったが、菅原に返答する材料はなかった。
「証拠もなしに、決めつけるのはどうだろう。おれもさ。青垣勇作のことで調べてみようとしたが、青垣が所属していた地域経済研究所は総会屋崩れの団体かも知れないということくらいしか、分からない。ただ、あの研究所は単なる隠れ蓑の組織で警察の捜査が入って、その後は解散したかもしれない。任意団体だから、看板さえ変えれば、すぐに変身できるからね。」
「そういうものなのですか。総会屋と言われても、知識がないものですから。」
多少、期待していたのか、古宮は残念そうに言った。
「これまで曖昧だった信太盛太郎の死が事故ではなく、意図的に殺された可能性があるということだけでも確信が持てた。これだけでも大きな成果だよ。古宮さんの功績は大きい。感謝する。ところで、この分析結果を警察に報告するの?」
「そんなことしませんよ。私としては、菅原さんに初めて僕の映像を買い取ってもらったお礼に、何かお返しをしたかっただけですから。他意はありませんよ。」