夜霧の巷(38)
菅原は事件解決の糸口を掴めたと期待していた。それがあまりにもそっけなく、クラブ夕霧の美佐に門前払いされ、頭を抱えてしまった。美佐は何かを知っているかもしれない。だが、出会い頭に肘鉄を食わされると行き場を見失ってしまう。簡単に拒絶されてしまうとは予想外であった。せっかく見つけた新芽を靴で踏みつぶされた思いであった。
神のいたずらなのか、偶然は連続して起こった。翌日の港タイムスは奇妙なベタ記事を載せた。早水家では地元紙を購読している。これは亡くなった夫の正信からの継承であった。菅原は港タイムスが身近にあったから、ちょっとした警察情報を目にすることができた。伯母の陽子はお茶と花の教室をしている。身近な地元のニュースを中心に記事を構成している地元紙は貴重な情報源になった。三面記事の小さな見出しには、「ピストル事件の犯人、海外逃亡か。」と出ていたのだ。大きな記事ではないから、多くの人は見過ごしてしまいそうな扱いであった。
内容は「警察の未確定情報であるが、地域経済研究所勤務の青垣勇作がピストルで撃たれた事件で捜査本部は、当日の夜、狙撃犯は最終便で海外へ逃亡した可能性があるとの見方を匂わせている。容疑者としての疑いのある人物の国籍がTY国であることから背後関係に国際的な繋がりがあるのではないかと推測されている。もしそうであれば、当該事件の解決は長引くものと思われる。」と書かれていた。外務省を通じて事件の背後関係を調査中であると書かれていたが、これが事実とすれば、迷宮入りする可能性が出てきた、と記事は結論付けていた。
この新聞記事は、単なる暴力的な抗争事件ではないことを暗示していた。事件自体が闇に消えていく可能性にあることを暗示していた。この記事を読んで、菅原の胸に闘争心が盛り上がってきた。時間の経過とともに事件はマスコの守備範囲から消滅していく運命にある。それであるならば、ルポライターとしての役割は確実にあるのではないか。事件の真相を探り出す価値が出てきたと菅原は確信した。問題はどのようにすれば、この事件の背景に迫っていけるのか、解明の糸口をつかまなければ、と菅原は思った。
どん詰まりの閃きというのだろうか。菅原はクラブ夕霧のママから何も聞けなかったが、あの日、レジャービルの前で出会った鮮魚店の運転手を思い出した。あの男なら、何か教えてくれるのではないだろうか。トラックのボデイに清宮水産と会社名が表示されていた。パソコンで検索すると清宮水産のホームぺージが出て来た。ネット社会のありがたさだ。なんでも瞬時に辿り着ける。問題は、警戒されずに、どのようにして情報を聞き出すかだろう。飲食関係となれば、コーヒーショップ『カモメ』があるではないか。浜田由梨花に聞けば、何かヒントが出てくるかもしれない。菅原は単純に頭を巡らせた。ある意味、彼は楽天家であった。