夜霧の巷(40)
夕陽が港町の風景を赤く染めていた。菅原は春先まで勤めていたAI企画センターの入居しているビルに自分の足が向かっていることに気づいた。直感とは恐ろしことかもしれない。菅原の頭の中には夕刻にレジャービルの前で待って居れば、清宮水産の配送車に出会え筈である。張り込めばいいだけの話だ。不安と言えば、聞いてみて、もし拒絶された時にどうすかである。唐突に攻めればいいものではない。クラブ霧笛の美佐に素っ気なく拒絶された苦い経験が脳裏から離れない。何かの策を考えてから行動に移した方がいい。攻略には作戦が要る。こうした反省から以前勤めていた会社で営業経理をしている広瀬沙織に連絡を取った。
レンガ風のタイルで外壁を彩った15階建てのビルに入ろうとした時、AI企画センターの水沢企画課長と玄関で出会った。
「お久しぶりです。」
この課長には「会社を辞めるな。AIは花形産業になるから。」と何度も説得された。こうしたことを思い出して、菅原は恥ずかしそうに挨拶した。
「君か。戻ってきたのか。今は人手不足だから、心を入れ替えて、戻る気があるのなら、いくらでも応援するぞ。」
「ありがとうございます。」
菅原は深々と頭を下げた。
「じゃあ、な。」
水沢は約束の時間があるのだろう、小走りに運河沿いの道へ出た。この直後に水色の制服を着た広瀬沙織が玄関に出て来た。
「課長と出会わなかった。」
こう言って、沙織は笑った。
「会った。戻る気があるのかと訊かれたよ。」
「そう。口先だけかもしれませんよ。」
沙織は、また笑った。二人は隣接する産業開発ビルの地下へ入った。