ごま塩ニシン

夜霧の巷(41)

自作小説

 地下に降りる階段はラセン状でB1のフロアーに降りれば、広いラウンジになっていた。午前午後は喫茶軽食のメニューで夕方6時以降になると、テーブルが並び変えられた。中国風の二枚屏風で間仕切りがなされ、ブルー系統のライトが天井を照らすというバアー&ラウンジ形式に変身した。コーヒー料金も400円から600円にアップした。AI企画センターを退職するまでは、この店に職場の連中と、よく集まった。菅原の退社に伴う送別会が開かれたのも、このアザラシという喫茶ラウンジであった。
「何の用事ですか。長い時間は無理ですよ。」
 広瀬沙織は、こう前置きしてテーブルに着いた。
「いやー。無理を言って、本当に申し訳ない。営業経理を担当している広瀬さんなら知っているだろうと思ってさ。接待でレジャービルのクラブ霧笛という店を使った人がいたら、教えて欲しいのだよ。僕はプログラムの商品開発だったから、外回りのことは詳しく知らないので、広瀬さんに聞けばと分かるのではないかと考えたんだよ。」
「どうして、そんなことこと知りたいの。」
 沙織自身、菅原に頼まれたとはいえ、なぜ来てしまったのか、疑問であった。入社後、初めて出会った時の菅原の印象が、今も広瀬沙織を魅惑しているのかも知れなかった。
「ルポライターを目指したいと言って、転職しただろう。それで取材している関係から、どうしても知りたいことがあるんだよ。」
「AI企画センターが接待の場として、クラブ霧笛を利用していたかどうか、もし、利用しているとしたら、利用した人の名前を教えてほしいということですか。」
 菅原の気持ちを纏めるように広瀬は押し返した。
「そうそう。その通り。全然、関係がないというのならば、それまでだが。」
「そーね。私は経理だから、金額を見ているだけで、店の名前なんか記憶していませんわ。おあいにく様。残念ですが、見当はずれです。」
 いとも簡単に菅原はここでも門前払いされた。
「そうだろうな。そうか。すまなかった。勝手な思い付きで仕事中に呼び出して、申し訳なかった。」
 菅原は両手を合わせて、頭をテーブルにつけた。
 しばらく沈黙が続いて、沙織の注文したフルーツジュースが運ばれてきた。沙織は「いただきます。」と言って、時計をチラッと覗いた。
「御用というのは、これだけですか。」
 菅原は沙織をしっかりと見据えて、「そうです。」と応じたが、「沙織さんは、涼しげな美人ですね。久しぶりに会えて、嬉しいよ。」と付け加えた。
「そう。菅原さんも立派ですよ。」
 こう言ってから、広瀬は席を立った。