夜霧の巷(47)
美佐は、雪枝の指先から病状の進行について予感めいたものを感じた。スーと自分の視界から雪枝が消えてしまうのではないか。雪枝は謎を持った女かも知れないと美佐は感じた。
この時であった。病室のドアをノックして二人の男性が花を持って入ってきた。
「あら。水沢さん。お見舞いに来てくれたのですか。」
北川美佐は水沢と一緒に入ってきた若い男に見覚えがあったが、どうしてAI企画センターの水沢営業課長と一緒に来たのかと疑問を隠せなかった。それでも美佐は表情に見せず雪枝に声をかけた。
「ママ、水沢さんが来てくれたわよ。」
美佐がベッドから離れたので水沢は雪枝の顔にキスでもするように顔を近づけた。
「どう。雪枝さん。水割りで一杯飲まない。長いこと姿を見せないから、美佐さんをくどいてさ。やっと見舞いに来れたよ。」
「相変わらず元気でいいね。来てくれて、ありがとう。あんたの顔を見て、元気がでてきたわ。」
雪枝は、こう言って水沢と握手した。
一呼吸おいてから、水沢は菅原を指差し、雪枝に言った。
「この青年の顔を見て、誰かの顔を思い出さない。」
水沢が謎解きのような質問をしたものだから、菅原慎一郎の方がびっくりしたくらいであった。菅原は軽く会釈をして、持ってきた花束を美佐に渡した。
「だけど、まさかだよね。」
水沢に促されて、無言で菅原の顔を見詰めていた雪枝であったが、ふと、ある映像を脳裏に甦らしたようであった。顔の輪郭だけでなく目元や口元が似ていた。
「ママさん。あなたが頭の中で描いた、そのまさかだ。彼はね、もう八年前になるかな。新陽建設の専務をされていた早水正信さんとは義理の伯父、甥の関係になるのだよ。僕もね、こんな風に繋がってくるなんて想像もできなかった。まったく最近、知ったのだよ。これも運命かな。」