ごま塩ニシン

夜霧の巷(50)

自作小説

 クラブ霧笛に行くと美佐の振る舞いといい、従業員の青年の態度がガラッと豹変していた。ママの雪枝に繋がる大切なお客さんとでも思っているのかもしれない。菅原は美佐の振る舞いに暖かさを感じた。
「テーブル席だと仰々しいので、水沢さん。カウンターの席にきてよ。ここなら話しながら仕事も出るし。菅原さんも、どうぞ。」
 美佐の手招きで二人はカウンターの一番端に座った。
「今日は五日だから、混むのじゃない。」
 営業マンの感性だろうか、水沢は店の混み具合を察知しているようであった。営業サイドから考えると5日は締め日である。水商売の場合、集金を兼ねて飲みに来る客が多いと水沢は思っている。ところが、まだ客の姿が一人もいないので水沢は余計な心配をしたのであった。美佐は表情を変えずに水沢の気遣いを吹っ切るように言った。
「最近は、そうでもないです。来る人が来るだけ。」
「俺みたいなやつだろう。他に行くところがないからな。」
「嘘でしょう。水沢さんが、あっちこっちへ顔出ししておられる噂を聞いていますよ。」
 美佐の反撃に水沢は苦笑いしながら、出された氷をコップに入れた。話題を変えたかったのだろう、ウイスキーのラベルを見て言った。
「これ、俺がリザーブしている、いつもの物と違うよ。」
「それは雪枝ママのものよ。ママの指示です。今日はママの奢りだから、安心して飲んで帰って、ちょうだい。」
「ほんとかよ。こんなの初めてだよ。」
「そう。私も雪枝ママから、こんなこと言われたの初めてよ。それから菅原さんも遠慮なさらずに、何でも注文してください。」
 こう言って、美佐は菅原の表情を興味深そうに見詰めた。雪枝ママが、どのような理由で菅原という男に気遣いをしようとしているのか。美佐は視線の中で接客業で鍛え上げた値踏みマシーンを猛スピードで回転させていた。
「ありがとうございます。いただきます。こんな素敵な店で飲むのは初めてです。」
 菅原は頬を高揚させて、軽く頭を下げた。
「それでは、初めて同士で乾杯と行きますか。」
 美佐は手慣れたものである。こう言って、場の雰囲気を盛り上げた。
 約2時間近く、勧められるままに飲んで、菅原は酔っぱらってしまった。頭の芯では、信太盛太郎のことについて早く何かを聞き出したいと焦りながら、美佐の巧妙な話術に翻弄された。時間と共に客が増え、テーブル席はいつの間にか満席になっていた。この客席を上手に泳ぎながら、美佐は帰り際に菅原の横の席に座ったりした。カウンターに戻ってからも、美佐は話上手であった。
 飲むのが好きな方な菅原であったが、初めて入ったクラブ霧笛の雰囲気にのまれた。菅原は知りたいことを話題にも上げられず、信太盛太郎の探索は棚上げ状態のまま水沢営業課長に肩を支えられてクラブ霧笛を出たのであった。


 
 

  • 吉春

    吉春

    2018/12/04 01:21:41

    ごま塩ニシンさん、こんばんは
     また少し話が進みましたね、どういう結末になるか楽しみです。

     ところで、地の分(台詞以外)なのですが、《従業員の青年の(菅原に対する)態度がガラッと豹変していた。》という事からも、主人公は菅原だという事は分かったので《水沢は何度も店に来ているので状況を察知している。》という表現に違和感を覚えます。読者のカメラ目線は菅原にあり《水沢は何度も店に来ているので状況を察知している。》ことを物語進行中にもかかわらず、

       菅原はなぜ知り得たかという疑問が湧いて来るのです。

     《水沢は常連なので状況を察知しているのであろう。》という表現のが良いと思いますが如何でしょうか。つまり、場面に主人公が登場する場合、主人公が知り得ぬ情報を断定的に著すのは小説におけるタブーかと思います。なお、主人公がスペックホルダー(エスパー)なら別です。

     ごま塩ニシンさん、わたしはここで知り合い互いに小説を書こうと奮闘する仲ですよね。御無礼な事を申しているのは重々承知の上ですが、より良い文章を書くためと思い耳を傾けて戴ければ幸いです。ごま塩ニシンさんも私の小説へ、何かありましたらご助言戴けることを望んでおります。助言とは言わず、解りづらいとこや気の付いたところ。たまにここは良いよとおほめ戴ければ筆が進むと言うものです。
     わたしの思い違いであったらごめんなさい。小説を書こうとする以上、私はどうしても人称視点を意識して文面を追ってしまうのです。ありがとうございました。