夜霧の巷(55)
北川美佐は気を利かした。
「店の準備がありますので、行きますがいいですか。」と美佐は雪枝の了解をとって病室を後にした。しばらく沈黙があって、菅原は自分が描いてきた構想を植村雪枝にぶっつけてみた。
「あのう、厚かましいお願いかもしれませんが、あなたの自叙伝を僕に書かせていただきたいのです。いかがでしょうか。僕は植村雪枝さんの気持ちになって、お聞きした話を文章にしていきたいのですが、どうでしょうか。」
「それは構わないわ。あなたの好きなようにして。自費出版となると、費用がかかるわね。必要な資金は私が負担するから。」
「いや。そこまでされなくても、本にしてくれる出版社を探すのも僕の仕事ですから。今の段階で先の先まで考えなくても、とにかく、雪枝さんの気持ちを文章にすることが目標ですから。実際、私の能力で、それができるかどうかが心配です。お願いする以上、全身全霊で取り組みます。」
「言い出したら、きかないところなんか、正信さんに、そっくりだわ。」
こう言って、雪枝は目を細めた。
「そうですか。本当に恐縮です。」
亡くなった正信の話題が出たりして、菅原は緊張していた精神が緩むのを感じた。
「話を始める前に喉が渇いたわ。」
雪枝の言葉に反応して、菅原はベッドの横の棚からコップを取って、素早く水を注いだ。信太盛太郎の不審死から始まった菅原の事件探求の糸口が、目の前にいるクラブ霧笛のオーナーママから聞き出せるということなど、これまで想像もできなかったことであった。何か埋もれた過去の遺跡を掘り起こす、あのトロイアの遺跡を発見したシュリーマンの伝説を想起して菅原は興奮してくるのであった。
吉春
2018/12/18 18:45:10
いよいよ事件解明への話に突入ですね。