沖人

バレンタイン

自作小説

讃岐平野を走る琴平電鉄は三路線ある。コペル君は志度線を使って高校に通っていた。志度線は800mおきに駅に停まり、市の中心部までの10kmを30分かけてゆっくりと走る。2006年まで、大正15年に作られたレトロな電車が走り、車内は木製でエアコンがなく、夏には天井の扇風機が回っていた。

コペル君は、いつも、車両の北側に立っていた。原駅から電車に乗ると次の房前駅まで海岸線を走る。北側の車窓には穏やかな瀬戸内海が広がる。通学の時間は、朝日を受けて海面が輝いている。

電車は、房前から車体を山側に傾けながら岬を回り込む。急カーブに差し掛かると、360度海と空のパノラマが広がったように感じる。この景色が好きだった。

電車が海岸線から離れて田園の中を走るようになると、コペル君は、ぺちゃんこにつぶした学生カバンの中から吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」を取り出し、読みはじめた。

同じ車両の高校生は、単語帳や赤尾の豆タンを眺めていた。オペル君は同級生たちのように、受験勉強に一生懸命になれなかった。いい大学や大きな企業に勤めることにどんな意味があるのか分からなかった。

小説の中の主人公が友人達を裏切り苦しんでいると、叔父さんが「過去のことは、もう何としても動かすことはできない。北見君達に手紙を書き給え。正直に君の気持ちを書いて、北見君達に許しを乞いたまえ。」と助言をしていた。

コペル君は、正直について考え始めた。馬鹿正直とか、正直者は損をするという言葉がある。確かに、正直は何も考えてないのと一緒だ。自分の気持ちを相手に預けて自分は楽になるという身勝手なことかもしれない。

コペル君は、自分は不器用だと思っていた。損得にも関心がなく、正直に生きていくことしかできないんだろうなと考えていたら、瓦町の駅に着いた。

授業が終わり、電車に乗った。帰りは空いているのでシートに座り、「君たちはどう生きるか」を読み始めた。沖松島の駅のあたりで顔を上げると、同級生の峯田さんが同じ車両に乗っていた。彼女は長尾線で路線が違うはずだった。

彼女は美術部で、夏にラピュタに登場するシータを水彩で描いた暑中見舞いをもらっていた。どこかに出かけるのだろうか。これまで話したことがなく、北見君達との友情の行方が気になり、そのまま、小説を読み続けた。

原駅に着くと彼女も降りた。原駅は無人駅で車掌がこっちを見ている。定期を車掌に見せなければいけない。彼女は、電車から降りると固まっている。定期の路線が違っているので、どうしていいのか分からないのだろう。

コペル君は、手に定期を持ち、車掌に向かって大きく手を振ると、彼女を誘ってホームのベンチに座った。車掌はいぶかしげな顔をしながら、列車を出発させた。駅舎から数軒となりがコペル君の家だが、コペル君の部屋には女子には見せられない本がある。駅舎のホームで話すことにした。

彼女は黙ったままだ。コペル君は、電車から見えた海が綺麗だったでしょ、その房前の岬は源義経が誤って弓を流してしまい、小さい弓なので非力なのが平家にばれたら恥ずかしいと慌てた場所だよととりとめのないを話をした。

折り返しの高松に向かう電車がホームに入ると、彼女は鞄の中からラッピングされた箱を取り出しコペル君に渡すと、電車に乗り込み手を振った。家に帰り包装を解くと、手づくりのトリュフチョコと文化祭の準備楽しかったですねと書かれたメモが入っていた。

翌朝、学校でコペル君は峯田さんに、「チョコ、美味しかった。」と聞かれた。コペル君は、「美味しかったけど、俺、ガーナチョコの方が好きだな。」と答えた。次の年、峯田さんからコペル君にチョコは届かなかった。正直に生きていくことは難しい。コペル君は、電車の中で読む本を間違えた。


#日記広場:自作小説

  • 沖人

    沖人

    2019/02/07 20:50:04

    涼歌さん
    義理チョコ強要より、義理チョコすら貰えない人のための、いい取り組みです。我が社も、そんな感じかな。ただ、もらってないだけかもしれません。

  • 涼歌

    涼歌

    2019/02/07 15:53:17

    こんにちは!仕事中にINです(笑)また伝言板更新したので良かったら遊びに来てね♪
    寒暖差に注意してね♡

    バレンタインデーと言えば「職場での義理チョコはパワハラで禁止」って記事を読んだことがあります。
    義理チョコ強要、倍返しのホワイトデー・・・どちらも問題アリですが、
    パワハラとまで言い切ってしまうのもなんだか・・・(^^;)

  • 沖人

    沖人

    2019/02/05 18:11:03

    ゆりかちゃん
    コペル君はホワイトデーには、ラピュタのスケッチ集をお返ししたのではないでしょうか。コペル君は峯田さんのことが好きなのに、一度もデートに誘わずに、言葉も交わさなかったんじゃないでしょか。あいつは、そんなやつです。

    環謝さん
    沖人君は、高校時代は、今と同じように、引きこもりのパソコンオタクだったので、そんな楽しい青春はなかったんじゃないでしょうか。信長の野望ばかりやっていたと思います。

    リンゴさん
    ゆっくり考えてから、伝えればいいのに。焦って、話しちゃうと、ほんとに伝えたかったことと違ってしまうことがありますね。売り言葉に買い言葉なんて、そんな感じかな。ゆっくり丁寧にが大事ですね。

    たまちゃん
    男は馬鹿なのです。恋人や奥さんに、ほんとは嬉しいのに、嬉しいと言えないのです。美味しいでしょと言われると、もっと味が濃い方がいいなとか、この服似合っているでしょと言われると、ちょっと地味かなとか言っちゃうのです。

    オレンジ先生
    うんじゅう年前に読んだので、おぼろにしか覚えていませんが、東京が舞台。戦前に書かれているので上流階級、庶民の友達同士の交流と信頼、裏切と再生、社会における他者や世界との関係性の認識のような、いろいろ感じることができる本のはずです。

    mさん
    恵方巻に変えたらうまく行くかもしれません。「チョコ、美味しかった。」、「俺、恵方巻の方が好きかな。」。きっと、峯田さんは思い悩むでしょう。お弁当を作って欲しいという告白なのか、天然ぼけな奴なのかと。

    さなちゃん
    何度も言ってるでしょ、丸亀製麺は讃岐の名を語る兵庫うどんだと。はなまるにしなさい。小豆島はオリーブや二十四の瞳の舞台として有名。今は、潮が引いているときだけ、ハート型の砂浜が現れる愛のパワースポットが人気だった気がする。義理も本命もゼロの予定だ。

  • ৯さな

    ৯さな

    2019/02/05 17:41:58

    あ、ガーナチョコあげるので義理で貰うゴディバと交換してくださいw

  • ৯さな

    ৯さな

    2019/02/05 17:39:12

    琴平電鉄乗ってみたくなりましたw
    丸亀ばっかりなので本場の讃岐うどんも食べたいし
    小豆島にも行ってみたいです(*´▽`*)

  • m

    2019/02/04 07:17:47

    「チョコ」を「恵方巻」に変えたら・・・だめか(-.-)

  • オレンジ☆

    オレンジ☆

    2019/02/03 23:53:41

    私はその本を読んでいないのです。
    少し興味が出てきました^^

  • たまねぎ

    たまねぎ

    2019/02/03 19:49:59

    「おいしいことはおいしいけど、でもあれの方がいいな」と言ってしまう男性心理を
    解説していただきたい!
    素直に言えるってことは、相手に心を許しているというポジティブな方向なのか、
    あるいは男性特有の単なるバカなのか(おっと失礼)、ぜひ知りたいです(笑)
    ちなみに私は似たようなことを言われて、
    次回から値段と質をどんどん下げていったクチですwww

  • リンゴ

    リンゴ

    2019/02/03 18:14:39

    正直に生きることは悪くないと思います。
    あとは言い方の問題かも^^
    自分の正直さを率直に簡略して伝えれば、思いが足りないように伝わるかもしれない。
    丁寧に伝えれば言い方次第で、同じ言葉も受け入れやすいニュアンスで伝わることがありますので。。。

    真面目に答えてみました^^;

  • 環謝

    環謝

    2019/02/03 16:55:05

    沖人さんの体験談(というか実話?)でないことを祈るばかりです。。。[影]ω ̄)ジー

  • ゆりか

    ゆりか

    2019/02/03 15:35:11

    こんにちは、沖人さん。

    あらら~。
    正直は美徳だと思いますが、そこは気をきかせて、余計なことを言わなければハッピーエンドでしたね。残念!

    翌年に貰えなかったということは、コペル君はホワイトデーに挽回しなかったのでしょうか?
    また正直過ぎて失敗しちゃったのかな~。

    次は電車の中で、女性心理の本を読むと良いですね(*^-^*)