kiri

内向的か外向的かってどう決まるの?

勉強

小さな頃は人見知りで知らない人が来るとお母さんの後ろに隠れていた子も、子どもの頃から怖い物知らずで社交的なままに育った子も、ずっと人見知りのままコミュニケーションが苦手で育った子も、現代社会を生き抜いていかなければならないんだよね。

生まれた以上年は取るのだし、年の順番でお父さんもお母さんも先に旅立っていくからね。自分ひとりで生きて行くにはこの世は残酷すぎるのだけど。

「もっと言ってはいけない」橘玲著によると。

”アフリカを起源とするサピエンスは、ユーラシア大陸に広がるなかで、(おそらくは寒さに適応するために)高い知能を獲得していった。だが、集団ごとに異なる自然環境・社会環境に直面したことで、知能の分布には偏りが生じた。大陸系統では北ヨーロッパと東アジアのIQが高く、アシュケナージと(おそらくは)バラモンという高知能集団が存在する。
 だがこれは、アフリカの黒人が「天性のリズム感」や「驚異的な身体能力」をもつのと同じことだ。音楽的才能や運動能力と同様に、認知能力も集団によって大なり小なり異なっている。問題なのは、産業革命以降の「知識社会化」によって、知能のわずかなちがいが増幅され、それが個人の運命を大きく左右するようになったことだ。
 認知心理学では、政治的にリベラルなひとは保守的なひとに比べて知能が高いことが繰り返し確認されている。子どものときの知能で成人後の政治的立場を予測できるとか、政治的立場はある程度生得的に決まっているとの研究もある。これについては別の本で詳述したので繰り返さないが、リベラルと保守を分けるのは言語能力と新奇なものへの好みにある。
 言語的知能が低いと(いわゆる口べただと)、世界を脅威として感じるようになる。なんらかのトラブルに巻き込まれたときに、自分の行動を相手にうまく説明できないからだ。
 このことは、子ども時代に叱られた体験を思い浮かべればわかるだろう。悪ふざけをしたとき、大人は「なんでそんなことをしたのか?」と訊く。この問いに即座に納得のいく返事ができた子どもは許され、口ごもってしまう子どもは罰せられる。大人は子どもを道徳的に「教育」しようとしているのではなく、その行動を理解するための説明を求めている。なぜなら、理解できないものは不安だから。
 こうした経験を子どもの頃から繰り返していると、言語的知能の高い子どもは見知らぬ他人との出会いを恐れなくなり(怒られても言い返せるから)、口下手な子どもは親族や友人の狭い交友範囲から出ようとしなくなるだろう(自分の行動を説明する必要がないから)。”

橘さんは外向的な性格をリベラル、内向的な性格を保守としているが、便宜上のことで思想は関係なく、外向的か内向的かで考えるとよくわかる。

もちろんどちらがいいとか悪いとかではないけれども、現代社会を生きていくには外向的で誰とでも話ができて好奇心を持っていたほうが稼ぎやすいって社会だ。

このむと好まざるとにかかわらずね。


#日記広場:勉強

  • kiri

    kiri

    2019/04/01 15:43:52

    >でかパンダさん
    10年以上も前にとあるライターさんとバブルが崩壊したことの研究をやっていて、当時「企業が給料を下げても従業員はやめないってことに気づいてしまった」って話をしていました。
    普通は需要と供給の法則で、人不足のところはお金をたくさん出さないと駄目なのですが、企業は儲からないところにはお金を出さなくても困っている人たちが仕事を求めてくるって無茶筋の理論を振りかざすようになりましたね。

    メディアはアメリカや中国などの政治の話はしますが、ほとんど日本の政治のニュースはやらなくなりましたね。

  • でかパンダ

    でかパンダ

    2019/04/01 12:59:01

    kiriさん、おはようございます。

    夏休みのバカンスというのは、若さの特権ですね。
    もちろん、私のように年取っても、できないことはないのでしょうが、もうそれだけの根性がないというのが、本音です。

    私が、興味あることを調べてみようかと思ったことについて、感謝です。

    本来あるはずの需要と供給の法則が、今は成り立っていない。
    介護サービスなどは、その最たる例で、これだけ人で不足が言われながら、人が集まらない。
    あり得ないことがあってます。

    人は、給料が高い=人手が足りない で私の若い頃は決まっていたのですが、特に介護関係は、まったくあてはまらない。
    医師も不足してますが、高収入なので、まだいいのでしょうが、介護関係は、学校関係には集まりますが、結局、就職先がない。
    というより、労働報酬と比較してあまりに給料が安いので集まらないというのが現状ですね。
    本来なら、2倍以上の給料は、貰って当然だと思うのですが、低いのだから、集まるはずがない。
    私の今までの人生において、このようなことは、皆無でした。

    このままで行くと、特定のところに富が集まるので、昔のように、革命のようなものが起きないとも限らない。

    私は、テレビは、ニュースと後はCSしか見てませんでしたが、これだけ政治のニュースがないのは、初めてです。
    昔のことばかり言って済みませんが、ニュース≒政治 のようなものだったので、子供心に、なんで大人ってニュースばかり見るのかな などと思ってましたが、最近は、ニュースもあまり見なくなりました。

    今は、特別な用事が山ほど重なっているので、本当はゆっくり話したいところですが、ごめんなさい。

  • kiri

    kiri

    2019/04/01 09:57:38

    >でかパンダさん
    今の人不足は知的スキルが足りないからって話がヨーロッパで出ていて、失業率がこんなに高いのになんで人不足なんだろうって調べた結果、実は求人と就活のミスマッチが多すぎるってことだったみたいです。
    日本のメディアはほとんど報道しないけど、「書いてあることを書いてあるとおりに理解できない人たちがいる」ことが問題みたいで、どうするかすら政治的にむずかしすぎて動かせないみたいです。

    小中学校の詰め込みが一番っていうのは、ずっと言われ続けていて、創造性を伸ばすためにはできるだけ知識を詰め込まなければ発想が生まれないってことは理解されないみたいです。。

    ちなみに、夏休みはバカンスで遊びに行っていろんなものを見るのが一番創造性があがるみたいですよー。

  • でかパンダ

    でかパンダ

    2019/03/31 23:16:17

    kiriさん、こんばんは

    お気づきになられましたか。
    以前は、昔が低いということで、実際なんとかの法則←後で調べておきます。があったのですが、それが途中からは、成立しなくなり、やがて逆転してしまいました。
    今のIQ100は、私たちの頃の90よりももっと低いです。

    総合的スキルは、もう下がるしかないでしょうね。
    というのは、今の上の人達は、上しか見ないので、自分で勉強したり、あるいは話がズレますが、正しいことが言えなくなっているので、勉強よりも上に迎合されるように文章を書き換えたり、隠したりします。
    だから、本当のことをいうバカ(私のことです)は、ずっと日の目は当たりません。
    しかし、遠くに飛ばされることもありません。
    なぜなら、外にできる人が存在しないので、いざというとき、誰も分からないので(そのような部分もわざと作ってますが)、嫌な人間のいうこともきかずに、のさばってるわけです。
    もちろん、部下はいませんでした。

    だから、今の時代の人は、例えスキルがあっても、決して上には上がれない構造になっているので(もっともごますり人間になりきれるならいいのですが)、直近の諸問題を見て頂ければ、よくおわかりになると思います。

    IQを全体的にあげるには、小中学生のときに、詰め込めるだけ詰め込む。
    これが一番速いと思いますよ。

  • kiri

    kiri

    2019/03/31 22:59:12

    >でかパンダさん
    先進国のIQはどんどん下がっているみたいですね。
    IQの高さの偏りは正規分布なので元々高い集団の中でどんどん高くなるのですが、今はグローバリゼーションと平等主義で混ざることが多いみたいなので。

    IQは知能テストの点数による分け方でしかないっていうのはありますが、総合的な知的スキルで現代社会は知的スキルが高い人が有利になるように作られているところに壁がある気がします。

    ドイツだと中学生くらいでいろんな職業を体験して、自分にあう職業を探してみるとか、進学優先ではないことをやっていてそのくらいの余裕があるといいなあって思います。

  • でかパンダ

    でかパンダ

    2019/03/31 00:28:31

    kiriさん

    IQと言っても、昔のIQ100と今のIQ100とでは、比較にならないくらいの差があります。
    それは、今の数学問題を解かせてみると、明白にでますね。
    本当に理解している人は、演繹法を理解しているから、問題の内容が変わっても解けるし、応用も利きますが、今の人は帰納法でしか勉強してない人が多いから、応用問題は、解けない。

    確か、昔の方が低くて、1970年代?になってからは、下がってきているのではなかったかな。
    調べていないので、記憶違いだったらすみません。
    調べる時間があまりないので。

    団塊の世代は、もちろん競争率も高いから、それなりに勉強しないと、通りません。
    例えば、東大が一学年3000人だとすると、今の競争率では、6000人通ることになりますね。

    私は、団塊の世代ではありませんが、問題等は見たことがあつて、やはり相当難しかったです。

    もっとも、メンサに載るほどのひとは、別に勉強しなくても、軽々通りますが、それ以降も勉強しないと、その差は広がる一方です。
    その差が30開くと会話が成り立たなくなるのは、ある意味必然でしょうが、人とは上手くできたもので、その差を補うように、別の能力・・・・例えば、力が強いとか運動神経がよいとか、生きていけるようになってますから、これがまた不思議ですね。

    話を戻して、IQは生まれつきに差はありますが、・・・・・例えば数学の王「ガウス」のように、誰からも習うことなく、小学校に入学する前に、定理を導き出したりしましたが、そういう天才を除いてみると勉強により、IQはある程度伸びていくようです。

  • kiri

    kiri

    2019/03/30 16:30:50

    >雄志さん
    この本でもIQの高さを見ると性格がわかるとは書いているのですが、結局はともだち環境が影響するとのことでした。ふたごの研究でお互いに違う場所で育った姉妹が、ひとりはピアニストになって、もうひとりはピアノとは関係のない職業でって話があって、ピアノが上手い家庭で育つと自分でキャラをつくって「あんなに上手くないから」ってなってしまうこともあるけど、ピアノ上手だねーって褒められていると努力して上手くなるようになるとか。
    ある程度の性格を把握して育てるのも重要かもですよー

  • kiri

    kiri

    2019/03/30 16:27:46

    >でかパンダさん
    訪問&コメントありがとうございます^^

    橘玲さんの「もっと言ってはいけない」は現代社会の問題を「知能」で考えてみるとすっきり解ける部分があるってことで絶対とは言ってはないのですが。

    知能の差は相対的なもので、例として南米に移民した九州の農村部の人たちが取り上げられていて、二世、三世は大学へいって国連職員や建築家になって数カ国語がしゃべれる人たちがたくさんいるけれど、もともとの九州(この場合は鹿児島)の農村部とか都市部で同じような割合で出てきただろうかってことについて考察しています。

    南米に移住した日本人は現地のヒエラルキーでは下だったけれども、カトリックの教会のおかげでこどもたちは読み書きを教えてもらい、東アジア系の頭の良さは無意識にしろ使ってチャンスをつかんだのではないかと。実際に国連職員になった子どもは教会で学校へ行かせてもらえるようにしてもらったみたいです。

    東アジア系が頭がいいのは、中国で昔から行われている科挙で頭がよければ出世出来る道があったからみたいですよ。

    IQはデカパンダさんがおっしゃるようによい方向ばかりではなくて悪い方向へにも進んでいて、選択的遺伝の進化だったかなって言われています。選択式なので進化にそんなに時間がかからない。

    川端康成と三島由紀夫の自殺に関しては、出版社時代にお互いがお互いに劣等感を持っていて、それでと訊いたことがあります。頭がよすぎると一度の墜落に耐えられないのかもですね。。。

    IQの高さとかいろいろの生まれつきの要因よりも、相対的な環境が大切で、自信をつけると外向的になるのは間違いないでしょうね。

  • 雄志

    雄志

    2019/03/30 15:29:09

    はやりの性格診断~♪みたいなやつだと、内向と外向をハッキリ分けたがるところがありますが……。
    心理学のパーソナリティの考え方の中には、内向も外向もある程度皆持っていて、どちらが優位に働くのか、どちらを得意とするのか、という理解をするという考え方もあります。
    そういう解釈の仕方も1つありかなと私は思いますね~。

  • でかパンダ

    でかパンダ

    2019/03/29 21:33:06

    続き

    スキルが同じであれば、外交的とか内向的とかいうよりも、なんの気兼ねもなく話せますが、
    かたや学会とかにおいては、出席者は、同じスキルを持ち、反対意見も出てきますから、「しろうと」の人達には、どうどうと話せても、やはりあがったりすることはあります。
    それは、精神学の教授とかに訊いてみても同じ解答でした。

    内向型・外向型は、確かに生まれつきのものも素因としては、あるでしょうが、要は自信による裏付けが必要なのだと思います。

    私は、人と話したいために、このニコタの世界に入ってみました。
    人と、話すためには、全てのことで同等であることは、必要でないから、ある分野でのスキルが合えば、それで話をすることは、できると考えてますが、年齢差により話しができないことも確かにあり、
    例えば、20歳以上の者と15歳中学生以下の者とでは、言葉の意味も分からない点が多いので、会話は、成り立ちにくいですが、同じ分野・・・・例えばコンビュータの世界では、成り立たないこともない。

    ただ、スキルが違い過ぎると、皆敬遠して、やがては、誰も話しかけてこなくなる。
    そういうジレンマも生じますが、そのときに注意するのが、心理学的な面。

    多くの文学者や哲学者が、なぜ、自殺者がこうも多いのか。
    あるいは、〇〇の病院にいる患者に高IQの人が多いことについては、対策を考えておいた方が良いかもしれませんね。

    ところが、数学者や物理学者と言った自然科学の学者には、そのような人はいない。
    認知症にも極めてなり難い。

    最近は、このことを含めて、いろいろと模索している私です。

    コメントになったか分かりませんが、ちょっと書いて見ました。

  • でかパンダ

    でかパンダ

    2019/03/29 21:13:50

    kiriさん、訪問ありがとうございました。

    私にとって、なかなか興味が出てきそうな話題です。

    ただ、言語学とは、すこしズレているかもしれませんが、アインシュタインが語学は非常に苦手だったにもかかわらず、理科系の脳が標準人より30パーセントも多かったのは有名ですね。

    我が家の家系は、典型的な理科系で、私も例外ではないのですが、その私が文化系の科目で入社し、文化系の科目で、自信が付いたのは、30歳を過ぎてから。
    それまでは、口下手ではなく、何事も完璧にこなさなければならないという理科系独特の潜在意識が強すぎたので、人前で話すのがもっとも苦手で嫌でした。

    ところが山ほどの勉強、本当に山ほど、一日三時間ほどの睡眠時間で勉強を重ねた結果、人と話しても誰にも負けない程度まで来てからは、自信となり、全国会議の場でも、資料もなく丸一日講義するまでになりました。

    もちろん、素は理科系ですから、理科系の考え方が土台にあり、道は幾通りあっても答えは一つ、そのためにいろんな道=(いろいろな本をよんでの確認作業)が必要となり、そのための睡眠時間の浪費?もありましたが、いろいろな人の考えに対して、回答できる、結果、口下手ではなく、むしろできるだけ簡潔にいうようになりました。

    多くの人と会話するためには、やはりある程度のIQの近さは、不可欠であり、30以上離れると、相手が理解できずに、会話が成り立たなくなる。
    と言われていることは、真実に近いと思いますが、そこを理解してもらう必要もあるでしょうから、「一言で言うと、なんというのが適切か」という考え方もしたりします。
    その時も、また、ある程度思考するのですが、IQの離れ方は、高い方が本などで勉強して、本当なのかを確認していくのに対し、低い方は、「面倒」なので、人に訊く。
    例え、それが間違いでも、間違いと気づかず、転記ミスが3パーセントと言われるように、間違いが大きくなっていくことに気づかない。

    その結果、なにを話しても、言い換えされてしまうので、やがて、会話がなくなる。

    今、振り返ってみると、私がほぼ30歳を境に 内向的→外交的(言葉がちょっと適切とは思えませんが)になっていったのは、用は、自信の問題だと思えます。

    続く

  • kiri

    kiri

    2019/03/29 15:04:59

    >うさぎさん
    人間としては内向的でも外向的でもコミュニケーションスキルが高くても低くても平等なのですが、今の世の中は外向的でコミュニケーションスキルが高くてのほうが生きやすいってことですね。
    口べたは小さい頃からきちんと話をする習慣があるとなおるとも言われているので、6歳までのエリート教育が大切だと言われていたりします。
    ホントにむずかしくて、誰も経験したことがない世界ですからね。

  • うさぎ✿

    うさぎ✿

    2019/03/29 05:00:01

    現代社会を生きていくには 外向的で誰とでも話ができ 好奇心を持っていた方がいい

    →確かにと思いました。
    そのためには、やはりコミュニケーション能力が必要ということに
    繋がって来るのですね。