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江戸は怨霊慰撫の街って知ってた? その5

勉強

筆の先での約束およし筆は狸の毛でござる

吉原の遊女たちは、客を喜ばせたりその気にさせたりしてうまくお金を使わせることが仕事だったし、客もそのことを十分に理解した上で遊んでいた。紙に書いた「あなたが一番好き」って起請文をお互いにかわしていてもそれはお遊びなんだよってことを十分にわかっているのが粋とされた。

「QED 白山の頻闇」高田崇史著によると。

”『お歯ぐろ溝』に、周りをぐるりと囲まれていたからだ。この溝は、遊女たちが歯に塗って使っていた『お歯黒』を棄てていたために黒かった、あるいは最初から汚れて黒かったのだともいわれている。幅四メートル、あるいは幅六メートルともいわれている堀だ。そこには一応、九カ所の跳ね橋が架かっていたといわれているが、火災などの非常時には、殆ど役に立たなかった。
というのも吉原は、北西から南東に百八十間-約三百三十メートル、北東から南西に百三十五間ー約二百五十メートルの長方形に造られた、敷地面積二万坪余りの独立した町だった。そしてその中には、最盛期で五千人から七千人の遊女が勤めていたとされる。そして、それに伴って禿や新造という、花魁の付き人。その他にも、楼主夫婦、番頭、見世番、行燈の見張りの不寝番、客の呼び込みの妓夫、遊女の元締役の遣手婆、飯炊き、風呂番、清掃係、雑用係などなど、さまざまな人たちが働いていた。だから一説では、常時一万人ほどいたのではないかともいわれている。”

これだけ人数がいたら、九カ所の橋では避難の役には立たなかったのではないか。殺到しても渡れない人数が圧倒的でパニックになる。

”吉原では何度も火災が起っている。一説では、三百年間で三十六回。そのうち、大炎上が二十一回だったともいわれている。もちろん、夜を徹して行燈などの明かりを絶やさなかったためということもあるが、しかしその他にも、失火の原因の大半を占めている大きな原因があった。
遊女の付け火だ。
もちろん、彼女たちが、火事のどさくさに紛れて、吉原から抜け出そうと画策したからだ。
吉原は完全に独立していたために、火事になっても、隣近所から誰も助けに来てはくれなかった。しかも、吉原には火消しが常住していなかったから、万が一にでも火が出たら、大事になるのは誰にでも分かっていたのに、あえて、火をつけた。そうまでしても、逃げ出したかった遊女たちが、大勢いたというわけだ。”

つづく


#日記広場:勉強

  • kiri

    kiri

    2019/07/26 15:51:51

    >ゆりかさん
    こんにちは^^
    現在ではお歯黒は奇異なものって映ってしまいますね。
    当時は化粧の一種で女性にとっては絶対の身だしなみでした。
    あとは口内衛生に効果があるとされていたこともありますね。

    年季は10年と決まっていたはずなのですが、あれもこれもと経費を乗せられて年季が明けなくなってしまうシステムだったのですよね。
    ずっと生きていても希望がない状態なら火をつけてでも逃げたいと思うかもです。

  • ゆりか

    ゆりか

    2019/07/24 19:55:42

    こんばんは、kiriさん。

    遊女もお歯黒をしていたのですか?
    時代劇だと、遊女に限らず誰もしていないので、ついつい誤解してしまいますね。

    常時1万人ですか~。
    そんなに大勢の人がいたイメージはなかったです。
    それなのに、出入り口が限られていては、災害時はどうなるか想像するだけで恐ろしいですね;;
    それでも火をつけて逃げたかった遊女の身の上が哀れです。

    続きも楽しみにしてますね^^♪