さゆたま

文化祭

学校

先日、文化祭で娘の高校のPTAをしてるので

お手伝いに出かけました。

バザー用品や野菜、子供の作品も売りに出しますから

大勢の方々が見えられます。

3年目にして、やっとお茶のお接待チケットを手にいれ

お抹茶を頂きました。

列に並んでいる時

中2だという息子さんをもつ、親子の方に話す機会がありました。

ここの高校を目指しているんだよ

と聞きました。

その子のお母さんが「うちの子はとても足が速い、健常者よりも速いのですよ。」

さらにお母さん「兄弟は健常者なんだけど、この子はね・・・」

と話、息子さんが「健常者はいいなぁ。」とぽつり

内心『いやいや、健常者も大変だと思うけど、誰でも大変ナノだが』

と思いつつ

「素敵ですね、得意な事があるなんて。ぜひ狙って来て下さいね」

としか、いいようもなかったんですが

自分の子達に『健常者』と使った事なかったなぁ・・・と

もちろん、障害の事は家族である以上知っておかないと

マズイのですが、そこはなぁ・・・

「そこは苦手で、そこは困ってて誰だって100%のヤツはいない」

とか何とかごちゃごちゃ言っている我が家です。

言葉って難しいですね。

  • さゆたま

    さゆたま

    2019/11/27 13:36:58

    >頑固な僕さん

    そうそう、「健常者の何がいい?」という事なのですよね。
    障碍者と健常者のライン引きも出来ない事だから
    『これ出来ます。それ出来ません。』と割り切って生きていく方がいいと思うのです。

  • さゆたま

    さゆたま

    2019/11/27 13:33:44

    >クラブ718さん

    ありがとうございます。(^^)
    分かりますとも、言いたい事は。
    アレがダメだから、それもダメ。って考えは私も嫌いです。

  • 頑固な撲

    頑固な撲

    2019/11/26 16:31:27

    健常者のなにがイイと思ってのことかわかりません。 障碍者でも事故などの方もいます ギブス嵌めた人は問題外なのか たしかになんかの規制が有るか知りませんけど 健常者はいいなと言うことでないとおもいます

  • クラブ718

    クラブ718

    2019/11/26 14:58:35

    話に飛躍・説明不足がありました。大変申し訳ございません。
    訂正します。

    「誰しも個性があって、すごく大雑把なたとえですが、数学が得意で国語が苦手な人は、
     もしも国語がだめだったら英語などできないでしょう?と比較するわけです。」

    ・国語出来ないけど数学は得意なAがいる。
    ・(Aは現代文解釈すらできない。)
    ・解釈できないのにAは英語ができるわけがない。
    ・英語で構成された数式などAが読めないはず。
    ・Aは英語/数学/国語の科目が出来ない。(←矛盾:Aは数学は得意だったはず。)

    説明が非常に長く、書き損じました。心よりお詫び申し上げます。

  • さゆたま

    さゆたま

    2019/11/26 13:48:48

    >しのみぃさん

    最近、新聞でも講演会でも『健常者・障碍者』として話すから
    良く目にする言葉なのだけど
    家でも、ソレを家族に対して(記憶に残るほど)言うかなぁ・・・と
    講演会は、説明なのでしょうがないけど
    本人に対しては、冷たく聞こえるよね
    ましては、特別支援高校の校内で、私が保護者ってわかってるのだから。
    そういう意味でも、彼には高校にきてもらって
    色んな考えがある事知ってもらいたいな。

  • さゆたま

    さゆたま

    2019/11/26 13:43:56

    >クラブ718さん

    良かった、怒って下さって。
    そうだよね、失礼だよね子供に対しても。
    やりたい事、元気に返事ができる事が大切。
    親御さん、気が付いて欲しいなぁ。

  • しのみぃ

    しのみぃ

    2019/11/26 09:11:13

    その息子さん…ぽつりと漏らした言葉がネガティブなのが気になりました。
    自分には、こういう苦手な事があるというように自分の取扱説明書的な形で
    理解しているなら良いと思うのですが…。
    親御さんの言葉の選び方もね…。

  • クラブ718

    クラブ718

    2019/11/25 22:51:44

    健常者よりも何がしという言葉は、今のご時世にそぐわないと思います。
    仮にADHDの人が会社にいて、何かしでかしたとしても解雇できないはずです。
    20年前でしたら、解雇ができたのかもしれません。けれど今はできません。

    誰しも個性があって、すごく大雑把なたとえですが、数学が得意で国語が苦手な人は、
    もしも国語がだめだったら英語などできないでしょう?と比較するわけです。

    もちろん、中等教育、それに高等教育ではそういう意味のない弊害を除去しており
    各々が独立して競えるようにできています。それをぶち壊しているのが、今話題の
    大学入試共通テスト(以前の、大学入試センター試験にあたるもの)です。

    ――つい興奮して、話が逸してしまいました。申し訳ございません。

    隣の芝生はいつまでも青いです。そんなことより「ぼく/私は何々がやりたい」
    という目標を達成させることが、学校教育の在り方だと感じています。