キラキラ25!!
仮想タウンでキラキラを集めました。
2020/09/29

| 集めた場所 | 個数 |
|---|---|
| おしゃべり広場 | 5 |
| ビーチ広場1 | 20 |
キラキラ25個は自己最高記録更新だと思います!!
【追記】
先日の麒麟で三好三人衆によって担がれた足利義栄の室町幕府第14代将軍就任の儀式のシーンがありました。
この儀式の行われたという普門寺は、私が卒業した小学校の隣にあります。
因みに足利義栄は三好三人衆と松永久秀の抗争などによって普門寺に留まったまま京には1歩も入れず死去し、15代将軍には織田信長の支援を受けて上洛して来た足利義昭が就くことになりました。
三好家の没落後、三好家の家臣で、既にキリスト教の洗礼を受けていた高山右近が当地を治めることになりました。
高山右近は、領内の神社仏閣を破壊し神官や僧侶に迫害を加え、領内の住民のほとんどがキリスト教徒となり、そのため廃寺が増えたそうです。
高山右近は、三好家と関係の深かった寺社勢力の力を弱めたかったのではと私は推察しています。
しかし、まもなくバテレン追放令が豊臣秀吉によって施行され、徳川家康によるキリシタン国外追放令などによって寺社勢力が当地でも復活します。
徳川幕府は寺社勢力を権力機構に組み込みましたが、明治維新で幕府を倒した薩長政権は、寺社勢力を幕府体制を支えていたものとみなし、特に寺院を弾圧しました。(廃仏毀釈、神仏分離)
普門寺でも寺内の鎮守は分離され独立した「神社」となり、境内の一部には小学校が建てられました。
私は小学校時代このような歴史を何も知らずに、足利幕府が置かれた「跡地」で学んだり、遊んだりしていたのでした。。。
ACT☆
2021/01/16 01:44:02
原始仏教と現代仏教はとても同じ宗教とは思えません。たとえば仏陀は「偶像崇拝」を固く禁じていました。キリスト教イスラム教もそうです。
仏陀や弟子たちは「反体制派」で、当時の権力や「既成宗教」から激しい弾圧を受けました。
インドではカースト制度の厚い壁に負けて、平等を目指した仏教は根付きませんでした。
しかし、大乗仏教・小乗仏教として東南アジア・東アジアに伝わり、各地の既存宗教とも「混淆」し根付きました。
元々全ての宗教には「狂気」「野蛮」が内在されているので、「カルト化」することもあるのだと個人的には思っています。
ぴのぴの
2021/01/15 21:41:17
そうですね。
一歩引いて考えると、単一人物の個人の主義・思想に染まるのは、あの宗教政党の中心人物や宇都宮市で痛い目にあったあの・・の科学、等々が思い起こされ、ちょっとじんましんでます。
しかしながら、仏教もキリスト教もイスラム教も、さかのぼると個人の思想に染まるということなのでしょうか???
ACT☆
2021/01/14 13:27:36
松下政経塾は、さまざまな分野で活躍するリーダーを輩出してきたのは事実ですが。。。
卒塾生の中には・・・
野田佳彦氏(元総理) 河井克行氏(広島3区) 丸山穂高氏(N国党)など 塾の名を辱めているような方もおられますね;;
因みに 私は高校の一時期 月刊誌『PHP』を愛読していたことがあります^^
ぴのぴの
2021/01/13 22:57:14
いえいえ、もちろん脱サラして、いい歳して新入生として と考えた話です。
振り上げた拳の降ろしどころがありません。
旭川の危機の時、実名で北海道新聞、地元テレビ各局に訴えましたが、無力感に潰されました。
宗教にも逃げ込みたくないし・・・。
ACT☆
2021/01/12 23:33:37
松下政経塾 入塾しておられた?
ぴのぴの
2021/01/11 14:49:38
いま、横のテレビで頑張ってる高校、大学の決勝戦、午前中の成年の主張を見てると、負債を彼らに加重しちゃいけないんですよね。
松下政経塾、入りなおせるかなあ。
ACT☆
2021/01/10 16:48:39
菩提寺に眠る亡き先人の思いは。。。先人それぞれでしょうが。。。
彼らが安らかに眠れる「現世」を維持する責任が 今を生きる者にはあるかと。。。(ー人ー)ナムナム
ぴのぴの
2021/01/08 22:24:56
亡き先人は、皆、菩提寺で現世をどう見ているのでしょうね。
ぴのぴの
2020/12/15 22:12:32
9月、こんな事態になるとは想像もせず、麒麟がくる後半戦で「普門寺」の歴史を一生懸命に勉強してたんですね。
まる一年、巻き戻したいです。
ぴのぴの
2020/10/03 23:02:54
普門寺の歴史、摂津の環境。
我が北海道には無いものばかりでした。
ところで
今日見てきた「神田日勝」の人生は、短かったけど凝縮した感動のひとでした。
NHK連ドラとは全く違う、数少ない誇るべき北海道民でした。
ACT☆
2020/10/02 13:16:16
厳しい自然に対する畏怖、開拓民の団結の心の拠点として、さらに国策によっても寺社が建てられたのではと思います。
同様に朝鮮、台湾、満州などでも神社が建てられ、現地民の「皇民化」にも活用されたのではとの思いもあります。
ぴのぴの
2020/09/30 20:36:47
なるほどー。
先週学んだ、北海道開拓史でも、いつも屯田兵、開拓民と寺社が必ずセットで入植しておりました。
これは、必要性からなのか、開拓使の思いが入ったものなのか、わかると面白いですね。