沖人

地球の歌  (後編)

自作小説

「せんぱーい、星を見ているんですか~」

なでしこが近づいてきた。酔っている気配がする。

「何を聞いているんですか~」
そういうとなでしこは、イヤホンの片方をはずして、自分の耳に入れた。なでしこの頬が触れ合うほど近い。なでしこからアルコールと女の子の甘い香りがしてくる。

「変な歌ですね。スタッカートが効いた鼻にかかったような歌い方で、あっ、クレッシェンドになった。アニメの主題歌っぽくて、オタクが好きそうですね。なんていう歌なんですか?」

「クレヨン社の『地球の歌』。無機質に輝く久遠の星空を眺めながら、生命の溢れる地球を思う。矛盾じゃないぞ、浪漫だ。自然を感じるのがキャンプの醍醐味だ。」
https://www.youtube.com/watch?v=7Fv59oUpri8

「先輩。ボッチで星空を見てて楽しいんですか?」
「楽しくはないけど、心は落ち着く。」
「そんなのつまらないじゃないですか。みんなと楽しみたいからキャンプに行くんじゃないですか?」
「『咳をしても一人』小豆島で亡くなった尾崎放哉の俳句だ。所詮、人間は一人だ。ええーい、頬をすりつけてくるな。」

「え~つまんなーい。ヤスパースを読んでいたんですか。ヤスパースは、たがいに率直に自己をさらけ出して問いかけ合う『愛しながらのたたかい』としての実存的な交わりが必要だと他者との交わりが第一歩だと書いていますよね。」
「いいんだ。ヤスパースは、まだ、1ページも読んでない。」

「サルトルは、人間は自由だからこそ、自分一人だけでなく、全人類に責任を負って生きる必要がある。その責任の重さをさして「人間は自由の刑に処せられている」と説いたんですよ。その責任をはたすために、人間は広く社会へとかかわって生きることが大切だって言っているんです。先輩も、ぼっちはやめて、社会と交わった方がいいでよ。」
「たちの悪い酔い方をしているな。俺は、工学部だ。哲学はしらない。ぼっちにはぼっちの良さがあるんだ。それが、俺のアイデンティティーだ。ええぃ、だから、頬をすりすりするな。」

「え~アイデンティーは、他者との交わりの中で、自分が何者か確立していくんですよ。鏡だけ見てたって、何にも分からないじゃないですか。白雪姫の継母も、鏡に向かって、世界で一番美しいのはだ~れと問いかけていたでしょ。美しいのは、なでしこちゃん。きゃは。」
「毒リンゴ食べて、早く眠ってくれ。俺を一人にしてくれ。」

なでし子は、「いくわよ」と言って、俺の手を引くと、テントの方に向かった。

「なにこれ?」というと、なでしこは、テントの入り口に吊るしていた、「女人禁制」と書かれた木の札と手に取った。
「風紀の乱れから、キャンプ部存亡の危機になった時に、自ら律するために作った木札だ。歴代部長が代々引き継いでいる戒めだ。」
こんなもんと言って、なでしこは、木札を放り投げた。

「封印は解けたわ。先輩、他者との交わるのよ。私が、手伝ってあげるわ。」
そう言うと、なでし子は、テントの中に入り、抱き着いてきた。

「ねえ、先輩。寝袋に二人で入るのは無理だわ。どうしたらいいの。」
「向こうのテントで寝ろ。灯り持って送っていくから。」

なでしこを女子のテントに送ると、もう一杯、ワインを飲んでから眠った。翌朝、スキレットでソーセージと卵を焼いて、パンと一緒に食べた。なでし子は、昨夜のことは、全く覚えていないようだった。

テントを片付けて、ほったらかし温泉に向かった。車を停めようと、バックしていたら立木にぶつけてしまった。車から降りて、凹んだバンパーを見ていたら、なでしこ達は、先に、行ってますねと言って歩いて行った。

「こんな広い駐車場でぶつけるなんて、不思議ね。先輩、運転下手なのかな。」
「昨日、先輩のこと、かっこよく見えたけど、ただのオタクよね。そもそも、ソロキャンプが好きな男なんて、ナシよね~」
「ゲレンデ効果って言うじゃない。頼もしく思えて、魅力が3割増しになるんだって。ふもとに降りると直ぐに効果はなくなるみたいよ。」
「寒い、寒い、早く、露天風呂にいこ。」

あいつらをほったらかし温泉に置いて、先に帰ろうかと思ったが、部長としての責任を果たさないといけない。自由の刑に処せられているようだ。しかし、風紀の維持という部長の責任は果たすことができた。ソロキャンプ、次は、一人ででかけることにしよう。


#日記広場:自作小説

  • 沖人

    沖人

    2021/02/02 22:13:10

    mさん
    今回のコロナの最もいいところは、飲み会がなくなったことです。お金も時間も無駄にしなくて済むようになりました。若妻婦人会、参加したいです。

  • m

    2021/02/02 22:00:01

    バブル後なら「社員旅行」「社内運動会」・・団体で仲間意識、団結力を高める行事はないな???
    忘年会ですか・・・今はもう、群れるの嫌われるからなくなる方向かな?
    町内の若妻婦人会←とっくに解散~

  • 沖人

    沖人

    2021/02/02 19:07:10

    スズランさん
    ジブリの音楽のようで、また、Aメロしかない素朴な感じもいいですね。最後が、ブチっと終わってしまって、あれれと感じるのもいいです。アルバムも買ったのですが、地球の歌が一番お気に入りです。キャンプのバーベキューは格別ですね。

  • スズラン☆

    スズラン☆

    2021/02/02 15:54:52

    かっこよく見られている内に、
    行動するべきでしたね~。
    歴代気の札が仇になりましたか笑。
    『地球の歌』久しぶりに聞きました。
    癒されますね(*´ω`*)・・・
    ソロキャンプいつか行ってみたいです。

  • 沖人

    沖人

    2021/02/01 23:22:06

    mさん
    バブルの後に就職したので、いいことは何もなかったのだ。役職によって積立額が違って、そのお金で、忘年会は、ふぐのお店やアンコウのお店に行っていました。ふぐのお店は、新入社員だったその時以来、行ったことがありません。アンコウのお店は、数年前に、水戸駅前のお店に行ってきました。

  • m

    2021/02/01 22:23:49

    社員旅行~バブルの時代は~海外でしたかぁ~?
    ・・・私は確か毎月2000円しか積み立てないので近くしか行ってないなぁ・・・

    キャンプではなく温泉旅館とか海水浴場の近くとか・・・♪

  • 沖人

    沖人

    2021/02/01 21:24:02

    wineさん
    大串半島は、温泉もつぶれたので、夜は真っ暗になって星がきれいだと思う。昼間も、瀬戸内海が、どばっと広がっていい眺めだ。2年前、ジョギングで走りにいったけど、なかなかよござんした。

  • wine

    wine

    2021/02/01 20:54:58

    源平合戦に参加されていたんですね。wineは新選組ではなかろうかと思ってました。
    大串半島にも確かキャンプ場があったと思うのですが、あの辺りも星が綺麗に見えそうですね。

  • 沖人

    沖人

    2021/02/01 19:13:11

    wineさん
    昭和の小学生で、瀬戸大橋もできていなかった。しかし、屋島にはなにかあったのだ。ひょっとしたら、昭和でなくて、源平合戦の頃の記憶かもしれない。

    アリスさん
    この時期のキャンプは、ロマンチックというより、寒さとの戦いの自衛隊の訓練のようなものでしょう。虫がいようと、キャンプは夏の方が楽しいでしょう。

  • アリス

    アリス

    2021/02/01 18:59:44

    部長は、沖人さんみたいだね^^
    面白かったよ^^
    いちゃいちゃを振りほどくのが、上手だね。
    綺麗な星空なんだろうね。
    キャンプもロマンチックだね。

  • wine

    wine

    2021/02/01 13:02:00

    沖人さんは最近の小学生なんですね。wineが小学生の頃は、屋島へは行ってません。屋島へは、おそらく水族館(遠足)のみと記憶します。

  • 沖人

    沖人

    2021/02/01 12:27:40

    wineさん
    小学生のとき、屋島で何かの合宿に参加させられて、10人乗りくらいのボートを漕がされ、力をいれたらおならが出て、恥ずかしかったのを覚えている。

  • wine

    wine

    2021/02/01 08:54:46

    五色台、懐かしいですね。最近の小学校は5年生の時、屋島で合宿です。筏を作ったりしているようです。

  • 沖人

    沖人

    2021/02/01 08:44:45

    りんごちゃん
    ほったらかしキャンプ場から、ほったらかし温泉以外を思い浮かべるのは難しいでしょう。

    リンゴさん
    山での冬のキャンプは、芋虫のような格好になるのではないでしょうか。ミノムシは寝袋に入っているようです。

    たまちゃん
    部長さんには、そのあと、保険会社に電話して、一応、父に、ちょこっとだけぶつけた時連絡して、白いガムテープを貼るという出来事が待っています。

    wineさん
    小学生をつれて、キャンプに行けばいいのです。いや、キャンプに年齢は関係ありません。五色台青少年自然の家にレッツゴーです。

    あずさちゃん
    今月の旅の手帖は、ちらりと見たけど、手に取らなかった。コロナで、立ち読みを避けるから情報収集力が低下中だ。

    るるもさん
    車中泊はよくするけど、ソロキャンプとは、ジャンルが違いそう。ソロキャンプは、それ自体が目的ですのね。非日常が最大の魅力かも。

  • るるも

    るるも

    2021/01/31 21:54:54

    家での一人は慣れているけれど、(今は猫が2匹いるから厳密には一人ではないかな)
    外でのソロキャンプは無理そう^^;

    誘惑に負けないのはえらいです。

  • あずさ

    あずさ

    2021/01/31 21:35:00

    ふっ 罠を振り切って帰った川路聖謨みたいです。ら

  • wine

    wine

    2021/01/31 21:02:36

    風紀の維持に努めてくださいまし。wineもほとんどがソロです。もうちょっと若かったらソロキャンプもやってたかもしれません。

  • たまねぎ

    たまねぎ

    2021/01/31 20:47:10

    星空の下での3割増し、あっけなく効果が薄れてしまったのですね。
    でも言い寄る女の子をはねのけるとは、
    部長さんの責任感がすばらしいです。
    こういう人は、きっと後でいいことがあります。
    そう思わないと、やってられないでしょう、部長さん(^^)

  • リンゴ

    リンゴ

    2021/01/31 20:24:41

    さすが部長さんですね
    リーダーが風紀を守るという事がどれだけ大事か、という事を現代の人に聞いて欲しい^^;
    星を見ながらのキャンプはいいですね~
    冬のキャンプは寒そうだけど、ホットワインが片手にあれば過ごせるかも。

    地球の歌は初めて聴きました♪

  • りんご

    りんご

    2021/01/31 20:23:15

    山梨県にある「ほったらかし温泉」が頭に浮かんじゃったw