もえーん

あなたには、それを言う資格がある

日記

なんだかんだで、時間があると見てしまうオリンピック。

水泳は、NHKのサイトで録画を端から見てしまいますw

そんなこんなで、予選敗退した4個メ(400メートル個人メドレー)の瀬戸大也。メダルはまだしも決勝進出も出来ないとは、本当に当人も想定外だったろうと思います。そして案の定、あっちからもこっちからも知った様な批判。

そんな中で「ネットですごく、いろいろなことを言われて、めっちゃむかつきますけど。でも、戦っているのは自分なので。」というコメントが出ていました。またぞろいい様に揚げ足を取られるのでしょう。

これを言ったら、あらゆる言論は成り立たないのですが、しかし当の本人だけには言う資格があると思います。



「じゃあ、お前やってみろよ」



来る日も来る日も、休みなく、絶え間なく、それこそ血を吐くような練習を子どもの頃から続け、結果を出せば出したで次の結果へのプレッシャーに潰されそうになり、それでも鍛錬に鍛錬を重ねる。知ったような顔で苦言を吐く人の100人に一人でも、いや1000人にひとりでも、同じだけの努力をしたことがある人がいるのか。男女問題?知るかそんなの。アスリートは学校の道徳係じゃない。そんなものはどうだっていい。結果が全て、強さこそ正義。わたしはそう思います。いや、本当はそれだけではないとは思っていますが、しかし最後はそれしかない。勝つか負けるか、強いか否か。それが全てじゃないですか。

彼は今回4個メで結果を残せなかった。それは事実であって、その結果を当人自身は甘受するしかない。結果を残せなかった人間に、言い訳をする資格はない、そう思います。しかし、アスリートとしての彼の関係者ならいざ知らず、そこらへんの奴が出なかった結果に対してとやかく言う資格なんてひとつもないし、もしもそんなことを言われたのであれば、「うるせえ黙ってろ」と一蹴していいはずです。いや、しなければならない、すべきだ。そして一蹴した彼を、周りは全力で守らなければならないと思います。

本日、200mバタフライの予選がありました。瀬戸選手は、順当に準決勝に進みました。もちろん表彰台に上がる彼を見たいけれど、とにかく頑張ってくれ。

わたしは、趣味で水泳をここ何年か、ちょこっとしている50歳のオッサンでしかないけれど、それでも、400メートル個人メドレーという競技が、200mバタフライという競技が、想像を絶するような過酷な競技であることは、良く分かります。自分に照らし合わせて考えれば、オリンピックでそれを泳ぐという事が、どれほど驚異的な資質と努力がなければ辿り着くことのできない領域なのか、心からの想像をすることはできませんが、頭で理解することは出来ます。


心から応援しています。
頑張って欲しいと思います。