南の魔女クレア27
ボルアートはプンと鼻につくにおいをかぎながら此の匂いには覚えがあると思いました。そうだあの女の匂いだとボルアートはトウニで初めて買った娼婦が付けていた香水の匂いだという事を思い出しました。
「ラベンダーの香りってやっぱり素敵」と手でお湯をかき混ぜながらふと静かになったボルアートがどこか視点の無い所を見つめて黙っているのに気が付きました。
「今何を考えていたの?」とクレアの声でボルアートは「ダベンダーか何か知らんが花の匂いはどれも解らん」と言うとクレアはしっかりとボルアートの方を向くと「ラベンダーよ。そんな有名な花の名も知らないの。」と言うと視線を落としてボルアートの体をまじまじと見つめ始めました。ボルアートは股間をみられているのをかんじて手で股間を隠そうとした時にクレアの厳しい声が響きました。「ボルアート、其のたぷたぷのお腹は何なの!まるで中年のオヤジじゃないの。興が覚めたわ。がっかりだわ。」そしてクレアが突然にたちあがると「良い、ボルアート。明日から特訓よ。クレアが厳しく仕込んでやるわ。其のだらけた体を鍛えなおしてやるから覚悟しなさい。」と言うとバシャバシャとバスタブからでると傍の椅子の上にかけてあったネルのシーツで自分をくるむとさっさと出て行ってしまいました。
ボルアートはバスタブの淵に首をかけて天井を見ながらしばらくじっとしてました。
あのトウニ時代のダルニや気の合う仲間たちと飲み歩いた都会の中の妙にさびれた飲食街やなじみの女郎屋の女達との下世話な会話と此のバスタブのラベンダーのきつい匂いが否応も無くあの時代を思い出させました。
そう言えばあの子の名前は何だったけなぁとボルアートは天井のしたたり落ちそうなしずくを見ながらそう言えば俺が故郷(くに)に帰ると言ったらあの子は泣いてくれたっけと思いながら名も思い出せないのに此の髪の毛の匂いが此の匂いだったのは思い出す事に可笑しくてクックと鼻で笑いました。
次の日の朝食が終わると手にモップと枕をもってクレアが同じくボルアートにももたせると「今日から剣の修業を始めます。其の腐ってだらけた根性が作った体を鍛えなおしてあげる」と言って廊下に出る様に促しました。
3階へ上がってすぐの所に両方の廊下に続く通路を隔てる様に少し広い場所があって其処は二部屋分があいていて外窓にめんしたちょっとした広いスペースがありました。
其の場を利用してクレアは剣の練習場にすると言うのです。
ボルアートも仕方なしにモップを剣に枕を盾の代わりの枕を持って二人は剣の練習を始めました。
モップのぶつかる音でびっくりして義母と義姉が飛んできました。
二人を止めようと何か叫んでいてあまりにうるさいので二人は手を止めて剣の練習をしている事を説明しました。
納得しない義母にクレアは貴族の妻たる物は夫以外の男に指一本触れさせない為に自分の身は自分で守る事を鍛えるのも夫の役目で彼は私に其れを教えているのです。
私も自分の操を守るために此れをやっているのですと毅然として言うと二人に呆れて義母と義姉は階段を下りて行きました。
ボルアートがおりて行く二人の方を見ているのを見てすぐにクレアが打ち込むとボルアートは瞬時に其れをかわしました。
「腕を上げたわね、ボルアート。其れとも私の腕が落ちたのかしら」とクレアは言いながらも少しでもボルアートが気をぬいたと思った隙を狙ってクレアは打ち込んできます。
ボルアートはクレアに何故自分が引かれたのかを思い出しました。
1時間ほどモップを交えた二人はクレアからモップをひいた事をお互いに認めながらもお互いが腕が落ちた事を実感し合いました。
クレアはため息をつきながらも部屋に戻ってソファーに体を投げ出すと「なさけない~。こんなに力が落ちているなんて」と天井を眺めて「私、鍛えなおすわ。
たるんでしまったのは貴方だけじゃなかったのね」と言って枕をソファーに投げると其の上に足を上げてソファーに寝そべりました。
ボルアートはクレアの頭を持ちあげると其の隙間に座って自分の膝を上にクレアの頭を乗せました。
クレアはしばらく天井をみていましたがぽつんと「高かったのに・・・。」と言いました。
「なに?」とボルアートが聞きなおしました。クレアはもう一度「高かったのに。」と言いなおしました。
「高かったのに昨夜は何もなかったわ。」とクレアが言いました。
クレアの頭を持ち上げながら「じゃ、ベットに戻ろう」とボルアートが言った時にクレアは上半身を起こすとボルアートの方を向いて腕を取って顔をよせてきました。
ボルアートが何が起きるんだと思った途端にクレアが思い切り腕に噛みついてきました。
「痛っ!何をするんだっ。」とクレアを振り切って腕を見ると歯型が深くついてます。「歯形が付いているじゃないか!」と驚いてクレアをみるとクレアは冷たい視線をボルアートに浴びせながら「其れでゆるしてあげる。」と言うと立ち上がってバスルームのドアを開けて言いました。
「昨夜はバスルームの掃除をしてないじゃないの。さっさとやって!」と言うとクレアは言うと窓辺の一番日当たりが良い場所に置いてある椅子に座って義母の部屋から持ってきた古い昔の領主の書いた日誌を読み始めました。
ボルアートはバスルームを掃除しながら感の鋭いクレアの事だから何かかんずいたのかと腕の歯形を見ながら思いました。
次の日から朝食後の約1時間はモップで剣の稽古の時間になりました。
次第にボルアートはコツを掴んできました。
最初はクレアに打ち込ませて次にボルアートが少しクレアを追い込んで最後にクレアが其れを持ち直した所で終わると言うパターンにしないとクレアは機嫌が悪くなる。
其れを色々な形に工夫しながらクレアに気づかれない様に其れをやりました。
クレアは常に真剣で一生懸命向かってきました。
まるで人間が操る猫じゃらしに飛びついて来る猫の様だなとボルアートは思いました。
そんなクレアが愛おしいと思う気持ちをボルアートは自分で自分を引き留めました。
此れ以上自分のクレアに対する愛情を深めるとクレアを連れてどこか遠くに逃げてしまうかもしれない誰も来ない誰も知らないどこかに逃げるだろうと思うのです。
だから常に冷静にクレアを愛していかなければならないし其の事すら自分の身勝手だとボルアートは解っているのでした。
ボルアートは最後の兄の言葉を思い出してました。
彼が突然3日間の休暇が出て帰って来てまた戦地に帰り際にボルアートに言ったのです。「此の領地を全部ひっくるめて商人に売ってトウニに小さな家を買ってかあさんと妻を俺の代わりに養ってくれ。此処はもう俺達には関係が無い。既に領主等いない地になっているんだよ。」
其れはボルアートも既に嫌と言うほど解っていました。
なのに俺は何をしてしまっているのかと既に引き返せない事をしでかしてしまっている自分を見つめて壁に力なくもたれかかりました。
最後に自分だけの為にクレアを犠牲にして母親と兄嫁と其のお腹の子を見捨てるのかと自分を攻めてみてももう引き返せない底なし沼にずぶずぶと自らクレアを引き込んで沈んだ自分が見えるだけでした。