ガラクタ煎兵衛かく語りき

RUSSIAN SUMMER  №4

日記


 第2部

 2021年11月、ヴォロージャはため息をついていた。最低限課せられた小麦の
収穫量は今年はなんとか果たしたが、来年の見通しは暗かった。
初雪は先月の遅めだったが、そろそろこれから本格的な雪がここレニングラード
に降り積もるだろう。変動こそあれ、降雪量は段々増えていくような印象を
ヴォロージャは感じていた。来年春の雪解けも遅くなるかもしれない。
そうなれば小麦の作付けも遅れるだろう。来年もノルマを果たせるか、
荒れた手のひらを凝視しながら、既に陽が落ちて暗い農道を家に向かって
歩きながら、更に暗い気持ちで帰路についた。



 ソビエト連邦は常に西方から侵略を受けていた。ドイツがポーランドを懐柔し、
ソ連に侵攻してきた際に、後にヴォロージャを産むことになる母は、
瀕死の重傷を負い、いったん死体収容所に運ばれたが、かすかなうめき声を
発したため、急遽病院へと移された。もちろん充分な医療施設なんて、
今も昔も存在していない。幸運なことに母は生き延びた。やがて結婚して
3人の息子を遺せた。もっとも最初の二人は戦時中の栄養不足や疫病の中で
夭折してしまう。唯一残された三男坊であったヴォロージャは父母の後を継ぎ、
一年の半分が雪に覆われてしまうこんな辺鄙な土地を、ソ連邦から与えられた。

 家についた彼は、ロシア正教のしきたりに則り、父、母、二人の兄の遺影に、
今日一日の労働を無事果たせたことを感謝する祈りを捧げた。


 (神に感謝します)
 (父に感謝します)
 (母に感謝します)
 (兄に感謝します)


 世界が今どうなっているのか、彼にはまったくわからない。
限られている通電時間帯の残りが迫っていたので、蕎麦の実と
小麦のオートミールを疲れた手つきで温め、カスピ海産の塩を加え、
粗末なスープを添えた夕食を摂った。

 ソ連邦は世界の最貧国だった。時間帯が合えばたまにはラジオを聴けるくらい。
その他には何の娯楽もない。夕食を終えたらあとは寝るだけ。

 そんなとき。戸口に挟まれた電文に気付いた。
疲れ切った腰を上げて、<鎌と鎚>の表紙のフォリオを抜き取った。

 『ああ、またこの時期か』

 開くと、毎年この時期に通知される来年の小麦の納入量が示されていた。

ウラジミール・プーチン殿

2022年度の小麦収穫量の知らせ
200Kg
奮闘せよ



 絶望的な気持ちを抑えつつ寝室に向かう。冷えたベッドに潜り込む。
せめて夢を見なければ眠れそうもない。今夜は暖かい夏の夢を見ようか。
小麦畑をディーゼルエンジンのトラクターで耕すときに、
流す心地良い汗。首に巻いたタオルが吸い取ってくれる。
来年の夏、暖かい、いや暑い程の夢を見よう。



 手足を縮こませながら、やがて眠りに落ちるその瞬間、いつものことだが、
目前に扉が現れる。その扉を開けたらどこに行けるのか、時折り夢の中で戸惑う。
でもまだ開けたことはない。


 いつものように眠りにつき
 いつものように扉が現れ
 いつものように戸惑う
 

 『開けてみようかな』

        

ヴォロージャはウラジミールの愛称である
母が私を畑の向こうから呼ぶ声が聞える


第2部終了