ガラクタ煎兵衛かく語りき

四歳の儀式

日記



儀式が近づいていた
数日前からなんだか慌ただしかった
両親は旅行カバンにものを詰め始め
爺ちゃんと姉達は家を守るため留守番となった

当日の朝、私は両親と共に長い旅に出ることを突然きかされた
行き先は地獄谷
鉄道だったのか、会社が誂えたバスだったのか忘れた
父の同僚である、見知った顔がたくさんあった

数時間で現地に着いた
私がパニックになったのは、夕刻になって
大人たちがこぞって浴衣に着替え始めたときである
なんか変だ、という感覚が押し寄せた
部屋の窓からのぞいた
大人数の大人たちが皆浴衣姿でゾロゾロと一方向に歩いていた
その方向は
え?それが地獄谷?

僕はまだ死にたくない
突然私はエチレンガスのバーナーの炎のように泣き出した
怖い、死にたくない、浴衣は死に装束だった




無き止まない私を長時間あやした母親は、結局温泉に入れなかった
一時間後、極上の湯で上気した父が帰ってきた
お父さんが無事に還ってきた
私は心の底から安心し、抱きついた
母親はまだ幼子のわたしを社員旅行に連れてきたことを後悔したのは
間違いないだろう


ほどなく始まった宴会
もうその頃はすべて忘れて
父の同僚の膝の中を、変わり順番こに回り
大人の回りを走り回り
父は上機嫌だった









癇の強い子供、いや、怒りっぽくはなかった、単に神経質だったんでしょう
学校にあがってからは通知表に決まって
「落ち着きがない」「ジッとしていない」という文字が
歴任いただいた担任教師からの”連絡事項”欄に数年続いた

今でいう他動症、ADHD、の片鱗があったと思う
いや、子供って、けっこうそんな面がおしなべてあると思う
そして大概はそんな時期は成長とともに過ぎ去り、
生涯ひっそりと暮らしたいという大人になる人も多いだろう


ヒトは受精してから数か月は体内で尻尾を所有する
発生の途中で、尻尾の部分は体内に取り込まれる
とはいえ


お母さんゴメン、そんなわたしも今はひっそりと生きています
まあ、地獄谷っていう地名のせいにしといてくだされば幸いです