ガラクタ煎兵衛かく語りき

第2章 告別式Ⅱ

自作小説

東の彼女が死んだ(フィクション)


第2章 告別式Ⅱ





これは棘(とげ)

喉の奥に引っかかり続けている棘なんです
唾を飲む度
呼吸する度
水と一緒に薬を飲む度
噛まずに済む食料を飲み込む度


気管と食道の間に蔓延る痰
龍角散でも退治できない

そんなふうに人は老います
節理です




話を続けます

数十年振りに逢った漫画仲間
みんなそれぞれに年取ったね
誰と誰がくっ付いたとか 離れたとか(実は以外に狭い環境)
微妙な距離感覚と 絶対的な時間感覚と 世の流れに流される身として
それでも話はすすむ

しばらくは業界話が続く
「あの先生宗教に行っちゃったよね」
「こっちの先生はSNS のお騒がせ者になったわ」
「この先生は死んじゃったわよ」
「あ みんないなくなっちゃう感満載」
「復刊で読みなおさなくちゃ」


式がお開きになる頃合いに
物凄い先鋭的な描写で
まだ若く 我らが同人誌の中でも異才を放っていた
当時の現役高校生から時を経て数十年後に至った女性が私に向かって言った


「あなたはどうしたかったの?」


かっての前衛的高校生の頃のひっつめ髪と鋭い眼差しは
穏やかなマダムヘアーと薄紫色の眼鏡に変わっていた
けれどいまなお先鋭さを残していたのは両耳のイヤリング
ミニチュアのペン軸が揺れていた


湯呑茶碗を置いて一巡り考えた結果がこの言葉である
『答えをください』



私一人がどうこうできるマターではないし(逃げてる)
でもあなたが私に期待していただいた本質は受け止められました
結論を先に言うと私には無理でした
私は所詮そんな器だったのです

ああ 子供の頃は万能感で満ち溢れていたのに





ここから我々 漫研人種の当時の生態(いわゆるヲタクのはしり)を
ご紹介しましょう

文明の根幹 基本の添え軸として私達は立脚した
ああ 余計な物言いでした


常に本屋さんの店頭に並ぶ漫画雑誌(主に少女系)をチェックし且つ購入する
本屋さんによって備える傾向が違うので怠る事は許されない
(たまに普段配本されない本に載っている〈見逃されやすい〉名作がある)
店によっての傾向が段々わかってくる
当時はまだ地元の本屋さんが元気でした

出費は同志同士で補い合うこともありました 
同志に巡り合えた人々は幸いです
何せ物凄い出費だったんですから




以下に当時の必買アイテム(の極々一部)を列挙します


月刊少女マーガレット
週刊少女マーガレット
デラマなんたらかんたら
別デラマなんたらかんたら
りぼん
セブンティーン
(集英社系)


月刊少女フレンド
週刊少女フレンド
ラブリーフレンド
なかよし
(講談社系)


月刊少女コミック
週刊少女コミック
プチコミック
(小学館系)


その他も白泉社(たとえばLaLaやぶ~け)や秋田書店(プリンセス系)
やがて(ちょっと大人目の)BLの風が吹き始め 百花繚乱 華は咲き乱れた
一大少女漫画ブームの最高期を迎える緒口であろう




「あなたはどうしたかったの?」

責めているようではなかった
彼女の本質は自らの疑問を素直に発するタイプだったと記憶している

逡巡して立ちすくんだ
『答えをください』

ここで助け船が入った
熊のようなむくつけき 当時副部長として故人をサポートし 本人は学生結婚を果たし
私にモラトリアムの終焉を 柔らかい手のひらで私の横っ面を引っ叩くことで
目を覚まさせる嫌な役を(誰から?)受け入れた男気の塊のような大男が
私の肩を傍らに誘った

「これからみんなで飲みませんか? お久し振りで積もる話もありますし」





私の一番呆れるところは すべてが自分自身で完結していることである
私の一番優れているところは すべてが自分自身で終われることである
私の一番劣っているところは もはや周りに波を起こせないことである
(若い時はあんなに波を起こせたのに 今はもうすべてを使い果たしたみたい)

最も言い表せている表現は”世捨て人”なんです



ここから 近所の居酒屋で喪服同志で昔の漫研仲間で管をまくのもいい
(昔みたいに)
(あ 当時は未成年もいたから喫茶店だったか)




混乱した思考の中で私は疾った
どうしても気が済まないので もう一度 斎場に戻り
御尊父、御母堂の面前で 再度頭を下げた
「この度は、、、、」
お二人は長い式次第に疲れて 眠っているように見えた

熊副部長の御招待は緩やかに固辞した
『もう二度と石狩川に落ちたくないし』


札幌への帰路の電車の中で 喪服が涙でしょっぱくなっていくのを放置した


あとは前述の通りで
翌日にはパンツが洗濯機の中で軽やかに回り
近所のクリーニング屋とは軽い会話でびしょびしょの喪服とネクタイを預け
いま こうしている
いま ここにこうしている



いまここにこうしている
傍に君はいてほしくない


「お前ら 結局 すれ違いだったな」
そうかもしれない

ひとはみんなすれ違い
なんらかの行き違い
いまここにこうしている
傍に君はいてほしくない


だったら
コニーアイランドで合作しようか!
手塚風味満載の君の絵柄と
萩尾風味満載の私の絵柄が
『ポーの不死鳥』という同人誌でコニーアイランドでのおたく界で話題になれば
それは もう 楽しいじゃない?
まるでそれは昔の漫研時代みたいじゃない!


そんな夢を現世でみている私は幸せなのか 愚者なのか



知人の生き死についてどうこう言う 話を拡げる 盛る 揶揄する
そんなそしりを受けても別に構いません
非難は甘んじてスルーします


ただ書きたかっただけなんです
人生は一度だけ
実際には無かった でも あり得たはずの一場面を空想して
こんな風に一人称で書きたかっただけなんです
どうかご容赦を



アニメのセル画(今はデジタルか)より
一枚のケント紙に指先の震えを抑えつつ意を決してペン先を置いたその後
緊張と来るべき喜びを求め 自らの描線がまっさらな白い平原に軌跡を描く
自分だけの軌跡 他の誰にも描けない軌跡 二度と同じ線は引けない

表現者にしか感じられない至高の至福
その結果がいかに悲惨でも



あるとき後輩にあっさり言われた
「これだと骨が皮膚を突き出てますね」

その通りだと思った
二の句もない
デッサンなんて4文字 頭の隅にもない