フリージア

no longer love her

小説/詩

私の名は片桐幸二、しがない脚本家を商いにしている。数年前に手掛けた刑事ドラマが当たり映画化まですることになった、もちろんその映画の脚本は私が書いている。ありがたいことにその映画も大ヒット。私は脚本家として脚光を浴び、話を書くこと以外の仕事も舞い込むようになった。その主がワイドショーのコメンテーターである。裏方の私がテレビに出るようになるとは正直思ってもいなかった。仕事の幅が広がり今まで体験していない日常は、書くことにも良い影響を与えていると思っている。その映画なのだが次回作を創ることとなり、脚本を担当。ついこの間、試写会を観てきたがものすごくよい出来だと思う、手前味噌でも。

そして今回、私のところに舞い込んだ仕事が、驚くことにトーク番組への出演。人気のピン芸人がホストを務める番組で、私はその芸人を気にいっていたから、映画の宣伝も兼ねて出演することを決定した。番組の内容はゲストの幼少期から青年期にかけてのエピソードを聞き出すというもの。

「いやー片桐さん、ドラマから映画、観ていますよ~」

番組ホストの佐久田元太氏は番組収録が始まるやいなや軽快にトークを展開する。見事なものだ。コメンテーターとして話すということに慣れていたとは感じていたのだが、やはり自分のことを話すトーク番組はたどたどしく、笑顔も引きつっていたに違いない。だがそこはトークのプロ、佐久田氏は私をリラックスさせてくれた。そのおかげもあり、私はなんとか饒舌になった。

「小学校の低学年時代はよく転んでケガをしていましたよ」

意外と思い出すものである。あーあんなことがあったな、こんなことがあったなと。小さいエピソードではあるが懐かしい思い出だ。番組収録も中盤に入り、佐久田氏は満を持して私にあることを問いかける。

「片桐さん、高校生の時期で、とある女性を思い出しませんか?」

「女性ですか?……誰だろう?」

「思い出しませんか?今はもうご結婚されて苗字は変わっていらっしゃいますが、旧姓結城千穂子さん」

今の今まで忘れていた、それもそうもう20年は会っていない。でも、その名前を聞いて一瞬で思い出した。走馬灯というのは人が死の間際に見るというが、今の一瞬で思い出した感覚はそんな感じなのだろうな。少し笑みが出るくらいに彼女との出来事を全部思い出してしまった。

「その結城さんに片桐さんについてインタビューしてきたんですよ」

「え?!佐久田さんが?」

「はい、直接会ってきました。ほんとお奇麗な方でしたよ」

私が座っている椅子の正面には大きなモニター画面がある。そこにパッと女性が映し出された。結城千穂子、満面の笑みだ。少し年齢を重ねた顔つきではあるが笑顔は変わらない、あの時の、高校生の時のままだ。私の無意識に封印してた記憶が呼び起こされる。

 彼女を初めて見たのは高校一年の秋、高校でのクラスメイトの安達の家でのこと、中学生の卒業アルバムを見せてもらったのだ。

アルバムを開いてまず1組でパッと目がそこへ行った、彼女の笑顔。

「おい、この子って…」

「ああ、やっぱり気になった?かわいいだろ」

友人の中学でも有名な美女だったらしい。しかし高嶺の花というわけでもない。とにかく男女問わず人気のある子だったとのこと。

「今はどこの高校なの?」

「ああ、内川高校だわ、彼女は中学を卒業してから内川の方に引っ越したんだよ、あとさ紹介はできない、たしか彼氏いるから」

「ええー……ま、そりゃそうだよな」

一目惚れだろうね、実物の彼女を見てもいないのに。ほかの写真を見ることもなく、彼女の写真ばかり見ていた、そしてその笑顔と名前が結城千穂子だということだけは頭に入れた。

 

彼女と会うチャンスが訪れたのはそれから半年ほどが経った高校二年の春のこと。彼氏とはずっと前に別れていたらしい、がその事実が安達には伝わっておらず、やっとのことでコンパのような形で会えることになったのだ。こちらは安達ともう1人のクラスメイトと私、あちらは結城さんと結城さんの高校のクラスメイト二人。その中の一人は安達とは中学時代の知り合いだそうだ。安達は結城さんとはそれほど親しくないらしい。

今回はテニスコンパ。結城さんたちがテニス部に所属しているということで、内川高校の近くのテニスコートを借りて6人でプレイすることにしたのだ。

内川高校までの道のりは遠い、車でも40分はかかる距離だ。私たち三人はバス代をケチり自転車で行こうという。行く前までは楽勝だと思っていたが、それが間違いだったと気づくのに時間はかからなかった。

「おい、誰だよ、自転車でいこうって言ったのよ」

「無謀だったな…」

我々三人は、コンパにたどり着く前に意気消沈ぎみ、それもそのはず出発して1時間は経過していた。しかし、彼女と会える一心で私はペダルをこいだ。そしてやっとのことでテニスコートにたどり着いた喜びも一瞬、想定外のことが起きたのだった。

「今日は来ない?彼氏ができた?」

「そうなのよ、ごめんね」

結城さんの姿はなかった。昨日のことだという、彼氏ができたのは。よりにもよって昨日……そんなことあるのか?驚きのあまりそんな疑問も湧くこともない状態である。そこに集まった5人の微妙な空気が漂い始めたとき、打破するのは私の声だろうと力を振り絞った。

「ま、とにかくさ、テニスコート借りてるんだから…やろうぜ」

自分ながら頑張ったと思う。すぐにでも帰りたい気持ちではあったが、この場の空気をそのままにすることは私にはできなかった。

彼女との出会いは困難なものとなったが、それはそれで仕方がない。特にテニスを楽しむこともなく、帰りの自転車のペダルは行きよりも一層に重く感じていた。