フリージア

no longer love her05

小説/詩

それからまた1カ月が経ったある日。
「じゃあ、明後日の11時に金沢駅の改札の前で」
「うん、分かった」
卒業式も終わり、自由な時間が増えた。涼子とのデートが楽しくて仕方ない。電話が終わり少しゆっくりしていた時、もう一度私の携帯が鳴る。携帯の画面を見て信じられなかった、その画面に出た名前はもうかかって来ないだろうと思っていた結城さんからだった。
私は少し悩みながらも電話に出る。もう出たくなかったが何故か出てしまった。
「元気してた?片桐君」
「久しぶり、どうしたの?」
すぐに結論を促す私に対して結城さんはいつもと違い真面目な声で対応した。いつもの明るい声ではなかったのだ。高校を卒業後、彼女は美容師の資格を取るために専門学校へ行くことになっていたらしい、それも石川県ではなく兵庫県の専門学校なのだそうだ。
「そっか、兵庫県に行くんだね」
「でね、明後日の9時15分の電車で行くの」
私はうなずくだけで特に感情は現わさなかった。そして次の言葉で私は度肝を抜かれる。
「ねえ、見送りに来て」
は?耳を疑った。今更なんでそんなこと言うの?私に彼女が出来たのをしっているのに、なぜにそんなことが言えるんだ。その前に俺を呼ばなくたってたくさん見送りに来るだろ。
「行けないわ、その日は彼女と会うことになってるし」
「でも、待ってる」
そう言って彼女は電話を切った。私を最後まで振り回すのか…私は悩みに悩んでしまった。どうして悩んでいるんだ、それも理解できずに行くか行かないかを悩んだ。
普通に考えたら行くわけがない。しかしあれほど好きだった人が見送りに来てと言っている。
結城さんが行ってしまう当日の朝、私は決断した、行くことに。それは未練があったからでなく、彼女がここから居なくなるのを見届けるために。幸いにも涼子との待ち合わせは金沢駅、それも11時だ。その前に結城さんとの本当の別れをすればいい。
しかし、私は大事なことを忘れていた。最寄りのバス停へと着いて気が付いた。それはバスの時間だ。只今来た金沢駅行きのバスに乗っても、電車の発車時刻に間に合わないのだ。このバス停から金沢駅に着くまで30分はかかる、今の時間は8時50分だ。
無理だ。タクシーなら間に合うかもしれない、しかしそんなことにお金を使いたくなかった。これでよかったのかもしれない、行けなくて、いや行かなくて良かったのだ。私は悩んでいたことを忘れて涼子とのデートへと切り替えた。そして程なくしてバスが来た。待ち合わせの時間にはかなり早く着いてしまうが、まあ駅をぶらついて時間を潰そう。
私はバスに乗り、しばらくして異変という奇跡が起きる。次のバス停に近づく、当然待っている人が何人かいた、でもバスはそのバス停を素通りしてしまったのだ。
あれ?なんで?
すぐに何故だか理解する。車内アナウンスが答えてくれた。
『このバスは快速バスとなっております、停車は片町、香林坊、武蔵ヶ辻のみとなっております』
快速、そんなバスがあったことなどその時初めて知った。さきほど奇跡と言ったが、間に合うかもしれない。こうなってしまったら気が気ではなくなった。間に合ってほしい気持ちが強くなってくる。そして駅に着いた、時間は9時12分。奇跡的に間に合ったのだった。
私は急いでバスを降り走った。切符の販売機で入場券を買い、改札を通り、大阪行きの電車が着いているホームの階段へと向かった。階段を駆け上がると、その直線上に彼女が電車に乗り込むのが見えた。走って滑り込むように彼女が入った電車の入口に止まった。
息を切らせふと周りを見ると誰もいない。見送りに来ているのは彼女の身内以外私しかいないのだ。それを驚いていると、彼女も私を見て驚いていた、そして笑った。
それはまさしく『やっぱり来た』という勝ち誇った笑顔だった。
時間は無い、私は一言。
「元気でね」
「うん」
その後、結城さんは大粒の涙を流した。私はそれとは真逆でずっと笑っていた。
彼女がこの石川県からいなくなることを喜んでいるように、やっと彼女の悪魔的な魅力から逃げられることを喜んでいるように、私は笑顔だった。
ドアが閉まり、電車が動き出す。号泣している彼女に手を振った。
彼女が乗った電車はすぐに見えなくなった。
大仕事が終わった後のように脱力したが、すぐに気持ちを切り替えた。11時まで何をして時間を潰そう、そう考えてホームを後にした。
それ以来ずっと結城さんには会っていない。どこで何をしているのか、念願の美容師になったのかも知らない。ただ、引っかかったのはどうして見送りが私一人だけだったのかだ。
それから数カ月が経ち、偶然にも片町の百貨店で結城さんの友達に会ったときに、その引っかかっていた疑問を聞いてみた。
「あの時、なんで見送りに来てなかったの?」
「だって、呼ばれなかったし、っていうかあんまりしんみりするの好きじゃないからね、あの子」
「なんで俺だけ呼ばれたんだろう…」
独りごとのような疑問だった。その友達はこう言った。
「好きだったんじゃない?あの子、素直じゃないところあるから」
好きだった…そんなはずはない、私は結城さんの友達だった、ただの。都合の良い優しいだけの友達だった。

「さあ、VTRを観ましょうか」
佐久田氏は楽しそうで、私がびっくりするのを待っているようだった。
映像が流れる、もう20年ぶりに聞く彼女の声だった。
「まずはですね、片桐さんといつどこで出会ったのか、お聞きしたいんですが」
「そうですね、初めて会ったのは高校二年生の春で、私が通っていた高校の近くに貸しテニスコートがあったんですけど、そこでです」
…………え?
「その時の第一印象とかは、どうだったんですか?」
「それが、もう私の一目ぼれで、すぐにでも付き合いたいと思いましたね」
…………は?
「そうなんですね、で、お付き合いはされたんですか?」
「それが…見事に振られちゃいまして…友達でいいよねって言われたんです」
それからも彼女の嘘は続いた。私は呆気にとられ何も言えなかったが、ようやく佐久田氏に声をかけた。
「佐久田さん、VTR中ですがちょっといいですか」
「どうしました?」
「彼女の言っているエピソードなんですが、全部でたらめです」
「え?」
佐久田氏は、私じゃなく自分がびっくりするのかという思いだっただろう。
「彼女、嘘ついてます、言っていること全部嘘です」
「ちょっとディレクター!」
佐久田氏は番組の責任者らしきディレクターと話をし始めた。そしてディレクターはこう言った。
「ちょっとV止めてくれる」
VTRは止まった、皮肉にも彼女の笑顔のアップの場面で止まった。
なんでこんなうそを言わなければならないのか…私が考えるに、やはり彼女は根に持っていたのだろう、未だに。私が彼女から離れていったことをずっと根に持っていたのだ。
涼子と一緒に結城さんに会った時の目、あの鋭い目はそういうことだったんだ。
出鱈目なエピソードを語る彼女はいつもと同じ笑顔だった。その笑顔の行先はいったいどこへ向かっているのだろうか…
私には推測できない、そんなことは不可能だ。
そして何よりも………恐ろしい。

終わり

  • ゴールデンウルフ

    ゴールデンウルフ

    2023/06/11 08:49:58

    読んで頂きありがとうございます^ ^

    初めのコンセプトは、よくトーク番組で昔の知り合いが過去のエピソードを語るVTRを見たりすることあるじゃないですか、それでめちゃくちゃ嘘つかれたら怖いなぁってのが始まりでした

    読みにくかったっての改善が必要ですね、すいません

  • クルミ

    クルミ

    2023/06/09 20:23:56

    女の嫌な面見せつけられました こう言うタイプ居ますね
    ちょっと読みにくかったです