美味しい生活 第2章
辞めたはいいが当てはない
しかし以前から会社の多角経営ぶりには辟易していた
いくら多様性とはいえ 負債部門をいくつも抱えるのは頭が足りない
そりゃ伝染病とか政府の方針とか経済の実情とか生活形態の変化とか物価とか
予め予防線を貼っておくのはあながち間違いではない
それでも手を広げ過ぎたら いづれ先は見えている
さて ところで 金はない
入社して僅か1年で稼いだお金は来月の食費と家賃で消える
電気代とガス代は確か2~3ヶ月は待ってくれるはずだ(どっかで読んだ)
(その事務所まで足を運ばなければいけないが)
すぐにある男の顔が想い浮かんだ
商売のアイデアは夢の如く浮かんでいる
それを実現するためにはまずは資金だ 融資だ
大学の同期で同じワンゲル部で楽しんだ奴が大手銀行にいる
連絡を取り コンタクトする
詳細は避ける
相手にされなかった
次だ次
当然親には相談できない
いないも同然だから
その辺で腹が減ってきた
いつもならその界隈で勉強を兼ねて外食をするのだが
少し弱気になっていた
吹き上がるアイデアは尽きないが
要は相手次第だ
しょうがないので一番相手に相応しくない大家さんを訪ねた
といっても隣りだから
開口一番大声で宣言した
「今日 会社を辞めました! 来月は払えますが その後わかりません
とりあえず なんか食べさせてくれませんか!」
大家さんの目が意味深げにキラリと光った
考えてみればこの人のことは良く知っていない
適当に不動屋さんのおばさんの紹介でここに案内されただけだし
それでも不思議なことに段々気が合ってきた
おっかない顔をしてるが 度々 呼ばれたり呼んだり
「古い素麺があるが それでいいか?」
細かいことは訊かない大家さんらしい 素っ気なく言い放った
「金はとるぞ」
そうだよなあ 自分が甘すぎた 親戚でもなんでもない人に食事をねだるなんて
「今日はお支払いします 家賃は来月までは大丈夫ですから」
大家さんはやにわに立ち上がり台所へ向かった
どうやら今回はありつけるようだと ホッとした
葱を刻む音がする
「それでこれから自分はどうするんだ?」
話す相手を間違えているような気がしながらも
奔流のように自分のアイデアを選びながらも大家さんの背中に向かって放った
「この目の前の通りでもいいんですが 勿論別の通りでも構いません
一大商店街を作りたいんです それも一品に特化した」
「一品に?」
「たとえばスイーツ通り 蕎麦通り うどん通り 中華通り たとえば、、」
その瞬間 手早い調理で 煎兵衛の前に一杯の温素麺が差し出された
「食べなせえ」
それは簡素なお椀に真っ白い素麺が 葱を頂いて 箸がおいてあるだけの
ごく普通の いや 地味な温素麺だった
煎兵衛は一瞬今朝の会議や 銀行とのダルい交渉をはるかに忘れ去った
その素麺から上ってくる湯気やだしの香りや
なによりも その全体の佇まいに圧倒された なぜ?
いや まだだ 若い煎兵衛は恐るおそる箸を手に取り 目は次第に吊り上がっていった
至福の数分の後
煎兵衛は腰が抜けていた
目と目が合った
大家さんは軽やかに言った
「500円戴きます」
小銭入れから震える指先で500円玉を探し当て テーブルに置くなり
若き煎兵衛は我を忘れて隣りの自室に戻り
誰かが置いていった飲みなれないウイスキーを無理に
ガブ飲みし 眠りに着こうとした
眠りが来る直前 なにやら得体の知れないパラダイスが見えたような気がした
そして幸せな眠りは翌朝まで途切れることなく続いた
ルルルのル^^
2023/07/02 16:27:33
ほほ〜
続き、、はよ、、w