「空の色さえちがう場所」
空はつながっているよ、とは言うけれど。
律哉がもっとピアノを学ぶべくヨーロッパへ留学してから三ヶ月が経った。季節が一つ、くるりと変わるほどの時間だ。たとえ異国の地でも、少しは新しい空気に慣れただろうか。実は私は、律哉のいない日々にまだ順応できていない。
「海外に行く」
三ヶ月前、壁が薄く防音ができていないことを逆手にとって楽器の持ち込み可の古いアパートに呼ばれた。
部屋に行ってもいいか聞くと「ぼろくて汚いから」「うるさいから」と断られていたのにお呼ばれされたので、大事な話をされる覚悟はしていた。たとえば別れ話とか。
そうして若干緊張して机を挟んで向かい合えば、結論だけを告げられた。相談は、してもらえなかった。
そりゃそうだ。律哉は、夢を叶えようと人生を生きているのだ。そんな人間が、恋人を理由にわざわざゴールへ遠回りをするなんてバカげてる。
「空はつながっているから」
胸の中で何度も温め直した言葉。空港で別れる時、律哉からもらった。手垢がついて、なんならちょっと小っ恥ずかしい。でも贈り主が律哉というだけで大事だった。
それからは俄然、空を仰ぐようになった。はじめは、律哉も今、空をみたりしているのかな、と甘い偶然を空想しては気が紛れた。だけど月夜の帰り道、はたと気付いた――――私たちは、空の色さえ違う場所に立っている。
時差は八時間。私がいくら月を見上げても、律哉の頭上で輝くのは太陽だ。それからは、あの空の果てが黒く塗り潰され断絶するイメージばかり付きまとった。地球は平らで海を進めば船が落下するのではと心配していた昔の人と大差ない。恋しさばかり、募った。
今日の夕焼けはきれいだ。夜に近い方から、青、紫、ピンクと好きな色がヴェールを重ねたようなグラデーションをなしている。何も手につかない私は、西側に窓のある二階の自室で携帯を片手になんとなくその色彩を眺めていた。
今日は、律哉から電話がかかってくる。文字でなら時差も気にせず連絡はとれるが、声が聞きたくなるのは普通のカップルなら当たり前だ。そういう時は事前にすり合わせをして、電話をかける時間を決めていた。約束の時刻までまんじりともせず待つと、ようやく(といっても時間通り)着信がきた。
「もしもし?」
「やぁ。元気? 変わりはない?」
「うん。律哉は?」
「オレ、今空見てるんだけど。今日の夕日はきれいだね」
「へえ、そうなん――――」
レンガ造りの古い町並みから見る夕焼けはどれくらいきれいなのかと想像を膨らませたところで言葉を失う。私の心境を知ってか知らずか「優花も見てみなよ」と落ち着いた声が誘う。通話中だというのに電源も切らず携帯をほっぽり投げ、ベランダへと転がり出た。
「おんなじ色の空を見よう」
スピーカーから耳が離れても、律哉の声がはっきり聞こえた。
ヨネ
2023/12/13 16:52:56
ラッコ☆スターさん>
コメントありがとうございます。
そう言っていただけると嬉しいです!
ラッコ☆スター
2023/12/13 04:42:25
文豪発見!
綺麗で心地良い文体ですね。それまでの経緯や背景まで一発でイメージできました。続きが読みたくなる作品ですね(^o^)
あ…こんな時間にすみません(笑)