ぴのぴののなんでも日記

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こどもの頃から日記は大嫌い。夏休み・冬休みの日記も最終日に書いたなあ。書き込み、カテゴリ少ないけど、どこでも大歓迎です。リアル記録をここに残してます。

大河ドラマ『光る君へ』第3回目考察をします!!

テレビ

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  chromeトラブル後、ここ、日記の調子もおかしくなってませんか? 塩対応のニコタ事務局さん、ちゃんとしてな。
 
 では「光る君へ 第3回」の考察から再開します。

  • ・うーーむ、今回は用語をググんなきゃなんないことあり過ぎ!!なんでだろ?戦国、鎌倉はそんなに気にならなかったのにな。
  • EX.東宮って?位?敬称?とにかく、次期天皇指名を受けた人ってこと?じゃあ、後から直系に男子が出来たら、東宮取り消しってこともある?女性天皇が可とされるのはどんな特例の時なんだろ。

・前回、あの市場でまひろが拾った巻物は伏線のままだよねえ。

・初回から言っている、人物登場時に「名札」が出ないため、ナレーションで言われても、漢字が浮かばない。これ致命的。「どうする家康」では、家康次男〇〇まで出てたのに。

・陰陽師の「邪気払い」はそんなに成功確率が高い?効果ないだけであんなに不思議なのかあ。

・あの漢字かるたは、学校にあったあー。

・BGMは洋楽系クラシックをかぶせるんだね。違和感、段々となれるのだろうか。延々と雅楽よりはいいけど。

・土御門こそマスオさんでしたね。

・さて今回の不明語は、「ほうめん」「ばいぜん」「ないしどころ」。セリフの中で「音」だけで言うので字も浮かびません。

・「えもん」と呼ばれていたのは「赤染衛門」なのでしょうが、名字が赤染、名が衛門の女性ってこと?この時代、みんな女子名は雅っぽいのに、衛門はないっしょや。

 結局3回、止めながら観ました。やっぱ合戦恋しいな。そういえば「帯刀」はしてたっけ。弓も貧弱そうだし。軍隊とか外国からの防衛、国内の関東等からの攻め込みはなぜ無いんだろ?
                     かな?
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  • ぴのぴの

    ぴのぴの

    2024/01/25 23:42:22

    早速の一問一答、どうもありがとうございます。
    来週からは、下調べしてから書かなきゃあーー。

  • ユーミ

    ユーミ

    2024/01/25 15:04:14

    「ばいぜん」は」「陪膳」のことで、要するに食膳を持して(手に持って行って)給仕すること、今でいう配膳係の事ですね。

    「ないしどころ」は「内侍所」。
    元は「内侍司(ないしのつかさ)」と呼ばれていましたが、平安中期頃には「内侍所」と呼ばれるようになりました。
    後宮十二司の一つで女官のみで構成されています。

    「赤染衛門」は局名(つぼめな?)です。読み方は「あかぞめのえもん」?
    赤染は名字ではなく、藤原や橘・大江などのような氏。衛門は父親の官位。
    氏族名+親兄弟の官位を自身の局名にする事は、当時の出仕する女性にとっては普通の事でした。
    紫式部も、初めて出仕した時には「藤式部(とうのしきぶ/ふじしきぶ)」と名乗っていました。紫式部とと呼ばれるようになったのは後々の事です。由来は勿論、源氏物語の人気登場人物「紫の上」からですね。

    赤染衛門の本名は不明。というか、当時の女性の本名は入内したり後に天皇になる親王の乳母にでもならなければ(もしくは大臣クラスの正妻)、本名は記録に残りません。
    紫式部も赤染衛門も清少納言も和泉式部も小式部内侍(こしきぶのないし)も、全て通り名・局名に過ぎません。

    帯刀は、内裏内は兵衛府・近衛府・衛門府の者ならしていた筈です。ドラマ内でも、右兵衛権佐(うひょうえのごんのすけ)である道長は帯刀してました。
    弓が貧弱かどうかは分かりませんでした。実際は貧弱であった筈は無いと思いますが。

    以前にも書きましたが、ドラマの時代は坂東(関東)と西国で叛乱を起こした平将門と藤原純友が鎮圧されて20年程度経った安定期です。
    叛乱を起こしてもすぐに鎮圧される、という実例がありますので、容易に朝廷には背けないでしょう。
    武士の台頭は、まだまだ先の話ですしね。
    外憂の方も、刀伊の入寇があるとはいえ、その程度。

    航海技術が未熟なのでヨーロッパ人は当然来ません。まだヨーロッパ内でお互いに争っている時代です。
    中国は宋の時代。半島は高麗の時代。ドラマで「こまこくが~」と言っていたのは、この「高麗国」の事。
    いずれも海を越えた外征に出たことは無いですね。

    というわけで、ドラマの時代は軍事的衝突も無い、その意味では平安の名に相応しい平和な時期です。
    蓋を開けてみれば「平安?なにそれ美味しいの?」となりますが、一応王朝文化が花開いた時代ですので。





  • ユーミ

    ユーミ

    2024/01/25 14:00:02

    こんにちは^^

    字幕を出して大河を見る、という発想は私もありませんでした。
    ただ、個人的には聞き取りもあまり不自由していないので今後も使わないかもしれません。

    今回は用語の疑問が多い様なので、とりあえずそtぎらの解説を致します。

    東宮とは本来は皇宮(天皇の御座所)の東に位置する宮で、東は五行説で春に相当するため「春宮(とうぐう/はるのみや)と言い、皇太子が居住する宮となりました。
    これが時を経るにしたがって皇太子自身が「東宮(春宮)」と呼ばれるようになり、居住する宮は東宮御所と呼ばれるようになりました。
    現在の今上天皇も、皇太子時代は赤坂の東宮御所にお住まいになっておられ、ニュースでも幾度も取り上げられたと記憶します(一時期は酷いバッシングもありましたし)。

    ちなみに五行とは木火土金水であり、木行が方位が東、季節が春、色が青、となっておりまして、「青春」もここから来ている筈です。

    邪気払いについてですが、当時は現代とは違い陰陽師に対する信頼は絶大でした。
    現代で言えば、最先端科学を研究する科学者もしくは名医と名を馳せる医者を信じるのと同様です。
    千年も前の平安の世は、病気は悪い風が入り込んだか疫神に憑りつかれたからだ、と誰もが本気で信じていた時代です。
    病気になって邪気祓いを行い、実際は病人自身の免疫力で快復したとのだとしても、それは邪気祓いが成功したからだ、と自然に思い込むわけです。
    成功率云々は、あまり気にしなかったかも。
    安倍晴明やその師匠の賀茂忠行、その子賀茂保憲などの高名な陰陽師に限っての事ではあるでしょう。
    彼らに実際にスピリチュアルな能力や超能力の様なものがあったかどうかは不明です。
    現代科学でも解明できていない分野ですので。

    偏継(へんつぎ)は源氏物語の中でも遊ばれている、平安貴族の遊びですね。
    京都の風俗博物館では、双六や貝合わせ、偏継・囲碁をして遊ぶ平安の女性貴族が人形で再現されていて見応えがあります。割とリアルな人形なので夜に見ると怖そうですけど。

    「ほうめん」は「放免」。
    検非違使(けびいし、当時における治安維持部隊のようなもの)の最下級の部下で、下部とも言います。元罪人で、罪を許されるかわりに検非違使の下で働きました。
    罪を無かった事にして貰うかわりに働いていたわけで、ここから無罪放免という言葉が出来た筈。

  • ぴのぴの

    ぴのぴの

    2024/01/24 22:18:06

     じ、ま、く、かあーーーー!!!

     賢者のみなさんに助けられてます―――っ!!!

  • ひーちゃん

    ひーちゃん

    2024/01/24 19:13:53

    こんばんは
    ひーも 字幕だしてみています。
    最初から見ないと決めているもの以外は 全部見たいw

  • laing

    laing

    2024/01/24 05:49:44

    おはようございます。
    自分は字幕を出して大河ドラマは見ていますよ。

    まひろ・紫式部は内向的な性格だと思いましたが、
    姫たちの女子会では得意な漢字カルタで頑張っていましたね。

    BGMにジャズ?が使われているのはやっぱり
    少し違和感かな。

  • 透子

    透子

    2024/01/24 01:05:57

    こんばんは。広場から失礼します。

    ないしどころ、は 内侍所 だと思います。
    時代とか文脈でも意味は変わりますが、
    女官がいるところ、とかの意味があります。