琉馨

すっとすっと 三

日記

 僕は女の目に涙が浮かんだのを見た。


「なんで泣くわけ?君が泣くのはお門違いってやつだ。それに君は、」

「それくらいにしておけ。」

ずっと無言で行先を見ていた親友が口を開いた。

親友の一言にハッとなった。

僕は・・・、女を傷つけたいわけじゃない。ただ・・・、自分が傷ついたから。自分と、大切な人を軽く扱われたから。

「…ごめんなさい。このことを聞かな・・かったふりを・・・してほし・・いです。」

眼の前のうつむいて、物悲しげに踵を返して去っていく女、いや、彼女を眺めた。

夕焼けが目に染みた。

「…お前は悪くはなかった。でも、あの女も悪くはなかった。」

後ろを歩く親友がポツリと言った。

「あの女が普通だ。『一目惚れ』っていうのも悪くはない。まあ俺には一目惚れするのもわかるが。」

僕は足を止めた。

おどけた言い方をした親友を尻目にかける。

「お前が、兄を亡くして、人と考えが変わったのもわかる。だから…、俺がお前を諭す権利はない。」

苦しそうに言う彼は、無理やり笑っていた。
 数年前、まだ俺たちが幼かった頃。
最愛の兄を失った。

母を早くに亡くして、父親のワンマンが耐えきれず、社会人になった途端、兄は家庭を作って俺を自分の家庭に逃した。

優しい兄の妻と、父のような兄や兄の同級生、兄の母校の先生、

兄を慕った人に囲まれて育った俺達は、いつしか兄が全てだった。

そんなとき、兄が急死した。

いつしか自分が褒められると違和感を感じるようになった。

今の自分がいるのは兄たちのおかげなのに。

自分の外見で価値を判断してくるやつに腹がたった。
許せない。
その一言でしかなかった。

でも、僕はその気持ちをしっかりと説明できるほど大人ではなかった。

その気持ちの正体を知ったのは、兄の妻、ねえさんだった。

「今の君は、彼で成り立ってる。そう考えてる。自分のことをよく知らない人に褒められても、誤解なく理解されたい、そう願っている君は、「仮面の自分」を褒められても嬉しくない。「本当の君」は兄があってこそ、という気持ちが強いから。」

そうか。
自分は、兄の存在ごと、兄をまだ引きずっている自分のことまで見てほしかったんだ。

そう気づいた。


「俺達はこの先もこういう事で傷つくんだろうな。」

ポツリ、何気ない独り言と「俺達」という言葉がずっとずっと頭から離れなかった。

  • ちぃ

    ちぃ

    2024/02/26 22:18:52

    彼には誰にも代えがたい兄と言う存在があったんですね…