「花に嵐となるものか」1/2
粗筋
悪役令嬢ものを読んだらヒロインが悪役じゃなくてびっくりしたしなんならタイトル詐欺じゃんとムカついたので自分で書いてみることにした~婚約破棄を添えて~
この国で離婚するのは難しい。
曲がりなりにも神とその代理人である神官の御前で永遠の愛を誓ったのだ。それを反故にするとあれば、それなりの手続きを覚悟しなければならない。なので他国と比べ離婚率は随分低い。
けれどそうしたこの国特有の事情に反し。
「然るにこの証文への署名をもち、エムロード王国第二王子ベルナール・エムロード殿とジェルソン伯爵家ご息女アンリエッタ・ジェルソン様の婚姻関係が解消されましたことを、謹んで言上します」
本日、私は晴れて離婚する。
かつて我々の挙式を見届けた神官が、聖所ではなく今度は王宮の応接室にて同じように厳かな口ぶりで離婚が完遂したことを告げる。
「なお、今般の離婚はベルナール殿が先んじて神への宣誓を破ったことによる、アンリエッタ様への精神的苦痛が認められたため慰謝料の支払い義務が生じます。ゆめお忘れなきよう、畏くも神の代理人として申し上げます」
「そんなもの、愛するヴィオと結婚できるなら安いものだ。幾らでも払ってやる」
既定の金額が示された小切手を王子は指先で弾く。机上を滑って無作法に届いたそれを一瞥し私はさっと胸元に仕舞った。
ソファに腰かけ尊大に長いおみ足を組んだベルナール王子は、もう用事は片付けたと言わんばかりに既に愛人ヴィオの腰を抱き寄せている。ヴィオことヴィオレも勝ちを確信した笑みを浮かべ豊満な胸ごと素直に彼にしなだれかかる。
盛大な結婚式とは打って変わりソファとローテーブルだけで済まされた離婚の儀。参加者も少なく重要度も低いとは言えお互いの両親も揃った神前儀式に違いないのに、背誓の証そのものである浮気相手同行とは呆れる。人のことを言えた義理ではないのだけれど。
「王子、本当に離婚して良かったんですの? わたしは別に今のままでも……」
媚びを売るような甘い声と上目遣いでヴィオレは王子に問いかける。そんな彼女に王子は堂々と、しかしみっともなく鼻の下を伸ばしながら答えた。
「もちろん。何より君はあの冷血女に虐げられているんだろう?」
「そりゃあもう。今日だってこのドレスを見て『似合わない』と酷いこと言われて……」
このドレス、を強調するようにヴィオレは大きなピンクのリボンが目立つ胸元に手を置く。まるで役者だ。
「なんだって? アンリエッタ、それは本当か。このドレスは俺が彼女にプレゼントをした一級品だぞ。それを侮辱したのか」
「まあ、王子からの贈り物であらせられましたか。贈る方の一方的な趣味を優先したのですから道理で似合わ……相応しくないわけです。得心がいきました」
厳しい追及の目を向けられたので、鬱陶しいそれを遮るように扇を広げ悠然と構えてみせる。
「忌々しい悪女め」
吐き捨てるように言った王子は、しかし瞬時に表情を緩めヴィオレと見つめあう。
「ああ、可哀そうなヴィオ。よくぞ今まであの女の仕打ちに耐えてきた。けれどそんな辛い日々はこれで終わりだ。俺が君を解放しにきたよ、愛してる」
「嬉しいですわ、王子。これでわたし、やっと愛人から恋人になれるんですの?」
「そうだとも!」
感極まったように声を高くあげ、王子は人目も憚らずヴィオレを抱き締めようとした。ヴィオレはそんな王子にうっとりするような笑顔を向け――――伸ばされた腕を立って退けた。
「ヴィ、ヴィオ?」
思いがけず抱擁が失敗したベルナール王子はきょとんとした表情でヴィオレを見上げる。対して彼女は見下ろし、そのあえかなほほ笑みを崩さず告げた。
「わたし、ずっとずっとあなたの恋人になれる今日を待ち望んでた!」
「それは俺だって……」
「そうでしょう、エティ!」
くるりと体を半回転させ、反対側に座る私と向き合う――――
「ええ、そうね――――ヴィヴィ」
私の恋人。
呼ばれたからにはゆっくり立ち上がり、腕を広げ呼び返した。ヴィヴィはなんの躊躇いもなく、軽やかな足取りで私の腕の中に飛び込む。ふんわり揺れる後ろ側にボリュームを持たせたエプロン型のオーバースカートがまるで空中を舞うピンクの花びらのようだ。
「あなたがわたしを選んでくれるなんて、夢みたい。ああ、エティ、エティ!」
子供のように甘えて縋りつくヴィヴィが可愛くて仕方がない。暫く胸の中の存在を堪能し、ふと辺りを見回せば王子も神官も、立ち会っていた国王夫妻も私の両親も当惑の表情を浮かべていた。
「失礼。お見苦しいところをお見せしました」
黒髪に隠れたヴィヴィの肩を軽く叩き離れるよう促す。
「ヴィオ……?」
「ジェルソン伯爵、これは一体どういうことだ!」
「アンリエッタ、お前まさか……!?」
困惑、怒気、驚倒。三者三様の言葉が向けられる。告白には今をおいて他ないだろうと私は毅然とした態度で胸を張って表明した。
「お察しのとおり、私とヴィオレは深く愛し合ってます」
予想に違わずすかさず反応したのはこの方だ。
「愚弄するな、ヴィオと愛し合っているのはこの俺だ! 何より女同士など認められるか! ふざけるにもほどがある!」
王族たるもの感情をむき出しにしてはならぬと躾けられてきたはずのベルナール王子が声を荒らげる。涼やかな青い目も、今ばかりは怒りにひしゃげていた。
「そんなに大きな声を出さずとも聞こえております」
「うるさい話を逸らすな! ヴィオ、何故そんな女の側にいる。こちらへ戻って来い!」
「王子、落ち着いてようく思い出して。わたしが過去、ただの一度もあなたに愛を囁いたことがありましたか?」
「何を言っ……」
途切れた言葉は心当たりの証明だ。心なしか王子の顔色が悪くなる。
「わたしはあなたからの言葉にお礼こそ言え、同じ言葉を返したことはございません」
きっぱり断言するヴィヴィにこちらの胸まですくようだ。
「なら、アンリエッタにいじめられているというのは!?」
「離婚が円滑に進むよう少し誇張表現しました」
唖然とした王子にもう興味も用も無い。
「それではそろそろ失礼します」
二人して軽く腰を下げ別れの挨拶をし腕を組んでドアへ向かうが、背後では激しい物言いがまだ続いている。
「無効だ! こんなふざけた離婚があってたまるか、どうして俺が慰謝料を払わねばならない!?」
「その通りだ神官!」
国王が息子に同意の援護をするが、神官は己の職務に忠実だった。
「お言葉ですが、王子は証文に同意の署名をしております。自身の不倫と再婚のために婚姻関係の破棄を望んだのです。このうえ更に偽誓者として神との契約不履行を重ねるのは……」
「くそったれッ」
下品な一言を最後に背後のドアは閉ざされた。