田浜山の小蝶
今日も暑い。小蝶とクワオは、枯木クヌギの葉陰で、日差しを避けて一休みしている。所は、都内の閑静な住宅地に隣接する、公園である。二人は、Expressで到着したばかり。未だ冷めやらぬ、駅長三毛猫マコからの温かい歓迎振りだ。
公園の南側には、田神川が流れている。橋を渡った向う側には、歴史を感じさせる神社が、森の中に息づいている。川の両岸には、その枝先が川面を覆い尽くすかのような桜の並木が、春の饗宴を偲ばせる。朝夕には、水が運んでくる冷気により、束の間だが、暑気を凌げる。辺りには、都心とは思えぬ自然環境が残っていた。
緑陰で、静けさを味わっていた小蝶とクワオに、駅長の三毛猫マコが話し掛けてきた。
マ (見慣れぬ顔だが、何処から?)
小 (私はアサギマダラの小蝶と申します。
旅をするのが、運命であり仕事でもありま
す。出生地の千葉県南房総から、沖縄県の
宮古島、読谷村、大分県日田、香川小豆島
、岐阜県郡上、静岡県浜名、日本橋浜町、
都西大松山、を経由して、先程この地に、
到着したのです)。
マ (それは、なんという長旅だろう)
小 (色々な事を見聞出来るから、楽しいです)
マ (南房総と言えば、昨年、枯木クヌギの子供
が移住したと聞いている。彼に聞くと良い)
枯木クヌギは、暫く考えていたが、想い出した様である。次のように、語り始めた。
[この近くに、Sと言うFamilyが、住んでいる。
そこには、高校2年生のT、中学3年生のG,小学 5年生のUと言う三兄弟がいる。あれは、何年前だったろうか?。長男Tが小学校低学年の頃だったと思う。私の下から、ドングリを持ち帰った。
彼は、私の子(ドングリ)を、鉢に入れて愛情を注いで育ててくれた。そのドングリは、すくすくと成長する。ところが、根が鉢の底からはみ出し、下の地面に食い込んでしまう。そこで、南房総に住む祖父K祖母Nの所に送ることにした。
昨年の夏に、移送が行われた。夏休みに祖父母のもとに来ていたT宛に、母親のTが、赤帽に依頼して、私の子(クヌギ)を、南房総に送った]
ここまで、興味深げに聞いていた小蝶が、言葉を挟む。
[南房総のクヌギくんは、貴方(枯木クヌギ)の子供なんですか?。私は、彼とは親しくさせてもらいました。晴れた日には、彼の所に行って、色々と話をしていたのです。この旅に出る際には、(無事を祈る)と、言葉を頂いております]
それを聞いて、枯木クヌギは、(それは、何と言う奇遇だろうか!)と感じたのだろう。少なからぬ衝撃を受けた様で、暫し押し黙ったままだ。
そして、少しの間を置き、話し始めた。
[長男Tなら、このところ、毎日の様に私の下に来ているよ。なぜならば、三男Uが、野球をしており、その練習パートナーを努めているんだ。
私の子(クヌギ)の事で、積もる話も在るだろう。
是非、話すと良い。きっと、彼も喜ぶと思う。]
小蝶は、心のなかで、(なんて不思議な事!)と、
嬉しい気持を感じた様子である。そして、枯木クヌギの緑陰から、兄弟が入って来ると思われる公園の入口付近を、気も漫ろに、じっと見つめた。時折、微かな涼風が通り抜ける。小蝶は、心地良さに誘われ、葉陰でウトウトし始める。クワオが、耳元でソット(来たよ)と、囁く。
二人の少年が、こちらの方向に向かって、歩いて来た。弟が、野球道具の入ったリユックを背負っている。手にはバット。枯木クヌギの下まで来ると、根元にリユックを置いた。互いに何やら話した後、芝生の上でキャッチボールを始めた。
一通りのメニューを粉したのだろう。枯木クヌギの根元に座り、涼を取り始めた。その時、三毛猫のマコが近づき、長男Tに、語り掛ける。
マ (貴方に、珍客が来ているよ!)
長 (珍客?。いったい誰だろう?)
マ (南房総に移住したクヌギ君の知り合いだ)
長 (本当?。どうしてまた!)
マ (本当ですよ!)
駅長の三毛猫マコは、枯木クヌギの上枝に向かって、(二人共、降りてきなさい)と、叫ぶ。
小蝶とクワオは、サァーと木の上から降りてくると、兄弟の前に座り自己紹介を始める。
小 (私は、アサギマダラの小蝶と申します)
ク (私は、オオクワガタのクワオと言います)
その時、様子を見ていた枯木クヌギが、言葉を発して、兄弟に、事の経緯を説明する。長男は
、(そう言う事なのか)と、納得した様子。小蝶はそんな長男に向かって、(これは、クヌギ君からのメッセージです)と前置きして、語り始めた。
[一人では、とても寂しいです。ですから、枯木クヌギさんから、私の弟達として、ドングリを頂いて下さい。そして、田浜山の自宅で、私と同じ様に鉢で育てて下さい。そして、大きくなる前の幼木のうちに、南房総に移して下さい]
このメッセージを聞いていた枯木クヌギは、巨体を揺らした。すると、長男の前に、五粒程のドングリの実が落ちて来る。彼は、それらを、ポケットに収めると、枯木クヌギに、(大切に育てます)と叫ぶ。小蝶はこのやり取りに安心!。
三男のUが、小蝶とクワオに、語り掛ける。
三 (これから、私の家に遊びに来ませんか?。
Lunchは未だでしょう?。一緒にどうぞ!)
小 (見ず知らずの私たち。失礼ではない?)
長 (大丈夫です。家族揃って大歓迎!。それに
弟のGは、昆虫が大好き人間です)
ク (それはチョット心配。籠に入れられる?)
三 (心配ご無用。兄はとても優しい人柄ですょ)
それから、小蝶は長男の肩に止まり、クワオは
三男の肩に止まり家路を急ぐ。途中、人通りの多い、駅前通りを歩く。小蝶とクワオは、人通りの多さに、目を丸くしている。そして、表通りを離れ、自宅へと、近づいていった。
彼等は、玄関のドアを開け、(ただいま!)と言いながら家に入る。出迎えた母親に、(友達を連れてきた。Lunchを一緒にしたいので、宜しくお願いします)と、告げる。そして、公園で出会った友達だとして、小蝶とクワオを紹介した。
LivingroomのTableには、家族全員が顔を揃えている。父親のMさん、母親のTさん、長男のT.、次男のG,三男のUである。その中に、小蝶とクワオが、神妙な面持ちで座っている。二人の前には、蜂蜜が盛られた皿が置かれていた。
先ず長男が、二人を招待した理由を説明する。
それを聞いた母は、(南房総に移住したクヌギ君の友達なのね!)と、納得の表情。父も次男も、
(そうなんだ)と、頷いている。
改めて、小蝶とクワオが、自己紹介をする。
小 (私は、アサギマダラの小蝶です)
ク (私は、オオクワガタのクワオです)
皆でLunchを楽しんだ後は、談笑Timeである。
始まった最初から、生物に興味のある次男Gが、話をしたいとの表情でクワオを見つめていた。
その視線を、意識したのか、クワオが語り始める。
[私は、岐阜県郡上の森で生まれました。そこは
、飛騨から北アルプスに列なる、深く豊かな樹林。縁があり小蝶さんのボデイガードになりました。しかし、これは、当初の理由。現在は、師匠と弟子の関係でしょうか。
小蝶さんの生き方から、生きる意味を、僅かですが分かり始めています]