会津の小蝶
今日は9月9日。まだまだ残暑は厳しい。小蝶とクワオは、樹齢500年以上になる枯木桜の樹上にいる。今、銀河Expressで当地に到着した。時々涼風が通り過る。そこからは、鶴ヶ城の勇姿が
、青空を背景にクッキリと浮び上がっていた。
小蝶とクワオは、城の美しさに圧倒されたのか、終始無言のまま魅入っている。そんな二人に、駅長の枯木桜が、話し掛けてきた。
サ (おはよう。何方から来たのかな?)
小 (おはようございます。アサギマダラの子蝶
と申します)
ク (オオクワガタのクワオです)
小 (私は、千葉県南房総に生まれました。旅を
するのが宿命。母の足跡を訪ねて、沖縄県
宮古島、沖縄読谷村、大分県日田、香川県
小豆島、岐阜県郡上、静岡県浜名、都西高
松山、都下田浜山、千葉県小多喜を訪ねて
千葉県南房総で羽を休めました。そこから
遥かな尾瀬、奥会津を周り、先程当地に)
サ (それは、ご苦労な事であった。ここは、
奥州の小京都と言われる風光明媚な所。
ユックリと骨休めして下さい)
枯木桜は、二人を労るかの様に、言葉を掛け、
少しの沈黙の後、鶴ヶ城に纏わる逸話を話し始めた。
⊕私は、樹齢約500年になる、老枯木である。鶴ヶ城は長い間苦楽を共にして来た盟友だ。楽しい事も、悲しい事も、本当に色々と在りました。彼とは、その都度、お互いに、話し合い励まし合いながら、乗り越えて来たのです。
思い起こせば、戦国時代迄、さかのぼる。その頃、ここ会津を治めていたのは、蘆名氏。その時代は、黒川城と呼んでいた鶴ヶ城の礎は、蘆名氏によって築かれた。しかし、西の関ヶ原と言われた争いで、伊達政宗の軍門に下る。
しかし、その行為は、その時期全国を掌握した豊臣秀吉の逆鱗に触れる。国内で争いはならぬと言う御法度を破ったとして、政宗は仙台に移される。その時、会津に入ったのは、蒲生氏郷である。黒川城を鶴ケ城へと、現在の姿に整備した。
関ヶ原の戦いで、徳川の世に。何人か城主が代わり、会津入りしたのは、3代将軍家光の弟、保科正之。一族の統治は、幕末まで続いた。⊕
枯木桜は、ここ迄話すと、少し疲れたのだろう。暫し、押し黙った。
そして、心を落ち着かせ、話し始める。
⊕今から約150年前、季節は丁度今と同じ、秋であった。この鶴ケ城は、薩摩長州を中心とした約4万の兵に一ヶ月間包囲された後、開城を余儀なくされた。結果は、無条件降伏。私はここから、惨憺たる戦況をつぶさに見ていた。
しかし、かかる状況に至るまでには、いくつかの伏線があった様に思う。
京都守護職として、都の警護に当っていた会津藩主松平容保。孝明天皇は、彼に厚い信頼を置いていた。だが、薩摩長州は、御前会議から締め出されていた、岩倉具視に近づき、孝明天皇を毒殺する。瞬く間にそう言う噂が拡がった。そして、幼子を明治天皇として擁立し、薩長両藩に倒幕の密刺を下させる。王政復古の謀略が成立。
西日本諸藩の殆が、錦の御旗を手に入れた薩摩長州に従う。日本の植民地化を、虎視眈々と狙っていた欧米列強も、薩摩長州に利ありと判断。これで、戦力の差は、歴然となった。言ってみれば、火縄銃とライフル銃の差である。⊕
枯木桜は、ここ迄話すと、押し黙った。
そして、暫しの沈黙の後、再び言葉を紡ぐ。
⊕先程も言った様に、私は、鶴ケ城と、苦楽を共にしてきた、盟友である。だから、会津藩の肩を持つ訳では無いが、もし、奥羽越列藩同盟が勝利していたら、世の中どうなっていただろうと考えることがある。
その後、日清戦争、日露戦争、満州事変、大陸東南アジア諸国侵略、そして、太平洋戦争へと進む道は無かったかもしれない。
会津藩には、青少年を育成する、日新館と言う藩校があった。その校是に、次の文言が在る。
《ならぬ事は、ならぬ》 ⊕
ここ迄、枯木桜の話を、じっと聞き入っていた小蝶は、遠慮がちに、枯木桜に質問をする。
(ならぬ事、と言うのは、何を意味するのでしょうか?)
枯木桜は、真正面からの直球質問に、少し戸惑った様子だったが、小蝶の顔を、シッカリと見据え言葉を返した。
⊕常識的に考えるなら、勉学に励め、心身を鍛えよ、孝行を尽くせ、と言う所だろう。
しかし、500 年以上、この現世を生き抜き、世の動きを見てきた私だ。今の自分なら、殺すな、盗むな、裏切るな、と言いたい。
私事で恐縮だが、私は、殺した事も、盗んだ事も、裏切った事もある。
私が、伸び盛りの頃、青年時代の話だ。隣に、切磋琢磨している、青年桜がいた。私は、表面上、地上では、友好関係を保っていた。しかし
、地下の根毛では、自分の勢力範囲を拡げょうと争っていた。結果的に、彼は枯れてしまった。
私は、地下空間で、彼を裏切り、空間を盗み、
死に追いやったのである。
我々生命は、肉体と言う衣を纏い、この現世を生き抜かなければならない。金銭、権威、名誉
等など、得体のしれない虚飾を求めて、その欲望は果てること無く拡大膨張する。それを獲得したとしても、決して、それに満足することは無い⊕
枯木桜は、この世の無常を思っているのか、又暫し押し黙った。
そして、ここ迄、枯木桜の話を、興味深げに耳を傾けていた小蝶が、言葉を紡いだ。
⊕鶴ケ城に纏わる、含蓄の在るお話、有難う御座いました。私は、生まれ故郷で、老クスノキさんから、深く広い訓育を授かりました。その教えを、より深める為に旅を続けて参りました。そして、貴方様から御教示賜りました。
失礼とは存じます。私の、現在地の想いを、聞いていただきたいと考えます⊕
《我々生命は、この世界で、一体全体何をしょうとしているのでしょう。貴方様から、お聞きした鶴ケ城に纏わる歴史上の話は言うに及ばず、今現在も、この地球上では、ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナ間では、争い人殺しが、行われています。これらは、表面に現れた現象。水面下では、様々な争いが発生しています。
我々生命は、何を目標に生きているのでしょう。この肉体を、維持する為の物理的世界とは別な世界が、在るのかもしれない。
だとするならば、我々生命の目指すべき目的地は、全く欲のない所、国、世界ではないでしょうか?。しかし、そんな事を言うと、(それは、不可能ですよ。神様じゃないんだから)と一笑に付されるでしょう。
でも、正にそこなんですよ!。我々生命は、自らの中に、夫々が神様を宿しています。それを
、宇宙と呼び替えて、各々が宇宙を宿している
、と言っても良いでしょう。これは、いわゆる宗教では、ありませんよ。
我々生命は、元々犯罪者なのです。何故ならば
、どんな人生を送ろうと、国家元首、政治家、組織の長、から始めて、名も無く貧しく終えようとしている市井の者であろうと、必ず(死)と言う断罪が、平等に訪れます。
この世界は、この様な様相を呈している。なのに、権威を振りかざし、争いという方便で、他の者を痛めつける。正に、無意味です。
しかし、無意味には、無意味と言う意味が在る。そこが大事なのです。その様に考える事が、私を、もう一つの世界へと導いてくれる》
今、小蝶は、幸福な静寂の世界へと足を踏み入れている。