どんぐりやボタンとか

ケニー

おれはよく浜辺や森の中、あるいは道端などで、落ちてるものを拾う。例えば、どんぐり、ボタン、貝殻、石、ちびた鉛筆、鳥の羽根、何かの部品、錆びた釘、などなど、ちょっと自分のセンサーに引っかかるものなら何でも。そして、それをコレクトして、部屋の棚の中にしまってある。

そんなふうに集まった自分の棚の中にある記憶や思い出、もしくは、新しい体験や、これからしたいことなんかをみなさんにシェアするブログです。

記憶の部屋 (3)

自作小説

。。。。。。


あの事件以来、おれは笑ったことが無かったなぁ。。

そう思い、泳ぎながら、おれは泣いていた。

気がつくと、もう、チンアナゴはいなくなってて、砂地だった海底は少しずつごつごつした岩場に変わっていた。
そのまま泳いで行くと、海底はもっと険しい岩場になっていって、そのまま、崖に繋がっていた。
崖の下を見ると、真っ暗で何も見えないほど、地球が深く、取り返しのつかないほど、深く深く裂けているようで、おれはその裂け目の淵にいた。
その真っ暗な巨大な裂け目の淵に立っていて、何よりも恐ろしかったのは音が無いことだった。
音の無いその暗黒の裂け目の淵でおれは体が固まったように動くことが出来なかった。
その無音は、まるで決定権を持って絶対的な命令を下しているようだった。





このまま、また、落ちてしまうのか。




恐怖に駆られて、おれは上昇しようとした。
しかし、その瞬間、体はこわばり、そこから離れることを拒否した。


「ふざけるな、お前たちの思い通りにさせるか。」


おれは体を自分に取り戻すべく、恐怖を振り払って強く思った。
自分の中にしか真実は無いんだ。
あの部屋に戻ろう。

そう思うと、体はまた動いて水面を目指しておれは上に向かって泳いだ。
上へ上へ。
かなり深いところまで来てしまったのか、なかなか水面は見えてこない。

あの部屋が、あの建物が、あの朝が、懐かしく思えた。



一体、どれくらい泳いだだろうか、今はもうあの恐ろしい暗黒の裂け目も、さらさらとした砂の海底もチンアナゴも、上も下にも何も無い、ペールブルーの海水だけがどこまでも永遠に広がっているように見えた。
上に向かっているのか、誤った方向へ泳いでいるのかもわからない、だけど、おれに“残されている”のは、泳ぐことだけだった。
生命も感情も無く、ただ泳ぐことだけだ。
ひたすらに泳ぐことだけだった。

足も腕も重くなって、まるで自分のものでは無いように感覚が無くなっていく。

朦朧とする意識の中で、おれはそのまま沈んでいく。


。。。。。


おれは沈みながら気を失ってしまったのか、砂地の海底に横たわっていた。
例によって、チンアナゴはおれを中心として半径3メートルの円の向こうでひょこひょこ頭を出したり引っ込めたりしてる。

戻らなきゃ。。

おれは焦る気持ちでそう思ってまた海底で身を起こし、上へ向かって泳ぎ始めた。
今はもう「生と死の狭間の世界の特権」であったはずの曖昧さは失われて、おれの身体はしっかりと疲れ切っており、体は海水の冷たさで冷え切っていた。
それでも必死で泳いだ。
また上へ上へ。

そして、少しずつ息が苦しくなってきた。
呼吸がしたい。

ゴボッ、、と口から空気が漏れて、もう限界だ。
溺れてしまう。。

おれは必死で手足を動かしてもがき、必死になって海面を目指した。

身体中に痙攣が起き、手足がジタバタと水を掻き、身体の隅々までが酸素を必要していた。

死んでしまう。。。



ばしゃあっ、!

唐突におれは海面に頭を出した。
もうすぐ海面だなんてまるでわからなかった。

ぶはぁぁぁあああ、、、、!!
はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ!

おれは死にそうで必死で呼吸した。

はぁ、、、はぁ、、、、、、

ようやく酸素が自分の身体に巡り、少し落ち着いた。

見ると、おれはあの小部屋に戻っていた。。

おれは心底ほっとして、床に手を付いて這い上がった。
腕はぶるぶると震え、力が入らなくて、這い上がることにさえかなりの労力が必要だった。

床に仰向けに寝転び、ぜえぜえ呼吸をしながら体を休ませた。
仰向けに寝転んだまま、頭だけ傾けて海を見た。
海は相変わらず波打っていて、床や壁を濡らしている。
小部屋の白い壁はおれが入った時よりももっと高い位置まで、天井の辺りまで濡れて灰色になっている。


おれはよろめきながら立ち上がり、小部屋のドアを閉めた。


それから、濡れた服を脱いで、裸になり、畳んで置いておいたYシャツでゆっくり体を拭いた。
真っ裸のまま床に寝転んで、白い天井を見て、それから、まだ開け放たれている窓を見た。
レースのカーテンはもう風にそよいではいなく、静かにたゆたっていた。



寒くなって、目が覚めた。
疲れ切ってそのまま寝てしまっていたようだ。
もう夕方のようで部屋の中は薄暗く、夕暮れの濃いオレンジ色の窓の光だけが部屋の中を照らしていた。
海の中に着て入ったTシャツやスラックスとトランクスはまだ濡ていたけど、さっきタオル代わりに使ったYシャツはもう乾いているのでそれを着て、靴下も履いて、白いリーボックのスニーカーも履いた。
最もクラシックな、Club C85というモデルだ。

スニーカーを履くと、なぜか少し安心した。
Club C85は、おれと”人間であること”を繋いでいてくれるように思えた。
下半身だけ裸で、とても変な格好だが、そんなこと今さら気にすることは無かった。

おれは窓を閉めて、廊下に出た。



その後、おれがどうやって、どんな手続きを経て、正式に死んだのかは、全く覚えていない。
まるですっぽりと厚いビロードの黒布で覆われてしまったように、あるいはチャコールブラックのペンキで分厚く塗り潰されてしまったように、その後のことはまるで思い出せない。

そしてあの小部屋の海はなんだったのか。
おれの記憶の象徴か、おれの無意識の産物か、あるいは、何らかの真実を示唆しているメタファーだったのか。
あるいは、本当に“実在する切り取られた本物の海”だったのか。
どんな意味があったのか、あるいはあの海の底で見た漆黒の音の無い裂け目が何かよからぬものの入り口だったのか。
それはわからない。

きっと人はそれぞれの建物か、何かの決められた場所に行って、そこにはあの「記憶」というプレートが付いた部屋があり、それぞれ違うものなのだろう。
あなたの「記憶」の部屋には、もしかしたら、穏やかなビーチが広がってるかも知れないし、あるいは、美しい緑の草原の一部が切り取られて風にそよいでいるかも知れない。
おれの場合はたまたま(“たまたま”なのか必然だったのかは知らないが)切り取られた海だったのだ。
先述の通り、それが何を意味し、どんなメタファーとしての機能があるのかはおれにはわからない。

だけど、自分の中に真実がある。と感じたことは、きっと確かなことだったのだろう。
そのまやかしだか、幻だか、メタファーだかわからないその世界の中で。

そして、わかってるのは、その部屋は「けっこうタフだ。」ということだけだ。


今、おれはもうその部屋にも、建物にもいない。
どこにいるかは、明確に言及するのはやめておこう。
それは一つの正解であり、あるいは、夢のようなものかも知れない。
もしくは、フォレスト・ガンプのはじまりとラストシーンに現れる鳥の羽根のようなものだと思う。


一つだけ教えられることは、「そんなに悪くはない。」ということくらいだろう。





























  • ケニー

    ケニー

    2024/10/15 22:25:01

    > シフォンさん
    読んでいただいて、ありがとうございます(^0^)

  • シフォン

    シフォン

    2024/10/15 19:53:05

    死とは。。。こんなものかという感じですかね。。。う~ん 死んだことないから分からないにゃwwww

  • ケニー

    ケニー

    2024/10/14 14:15:43

    > せんちゃんさん
    素敵な感想を書いていただいてありがとう〜^_^
    そんなふうに人それぞれの感じてくれたことを読むのも自作小説を書いて載せてみることの一つの楽しみです^_^

  • せんちゃん

    せんちゃん

    2024/10/14 13:30:06

    深い深い海の中で「苦しさ」に気付いた時に「生」に引き戻されたのかな。断崖の奥に落ちていった先には虚無が拡がっていたのでしょうか。
    この世界は「そんなに悪くない」、良い着地点だなあと感じます。