人体3か月で学べる
NHKテレビで、
「人体3か月で学べる」とう番組が始まり、
面白そうで見てみました。
一回目は、受精の瞬間を、
波長の短い電子顕微鏡でとらえることができたものだそうで
科学技術の進歩に、びっくりしました。
受精した瞬間に、二人の親のDNAが、
一つになる場面が映し出されて、驚きでしたが
なんと、その時に、
新たに誕生した細胞が、
胎盤まで作り出すことが分かったそうで、
赤ちゃんが、自分で胎盤を作っていたとは、びっくりです。
てっきり、母親が赤ちゃんができると、胎盤を作っているのかとばかり思っていました。
沢山の学者が、なぜかということを色々と語っていました。
いずれにしましても、受精の瞬間に、もう、
一つの個性を持った命が誕生しているんですね。
今は、ある程度、胎児が大きくなるまで
堕胎は、合法的だそうですが
果たして、それでいいのかも議論されていました。
昔、近くの教会で、イースターのきれいな玉子をくれる
というのでもらいに行ったら、「聖書」もくれました。
気前がいいよね!
確か、聖書のどこかに、「胎児」のことが
出ていた気がしたんですが
見つからないので、
ネットで、無料の電子版聖書を手に入れて、
検索してみました。イヤー、電子版は便利!
「胎児」と入れて検索してみたら
一発で、出てきました。
詩編139編16節だそうです。
「胎児であった私をあなたの目は見ておられた。
あなたの書にすべて記されている。
まだ、その一日も、造られてないうちから」
えー、すごすぎます。
受精して、一日もたたないうちに、
神の書(神の記憶のことかな?)には、その人の遺伝情報が
すでに、すべて記されているってこと?
やっぱり、受精した瞬間に、
すでに、その人は、出来上がったって言うこと?
そんなこと、大昔の聖書を書いた人が、なんでわかったんだろ?
なんだか、色々と、調べてみてみたくなってきます。
まー、科学の進歩は、
色々と刺激してくれます。
科学者、頑張れ~!
みき
2026/01/25 12:42:38
こんにちは♥
薬学生時代、臨床薬理学で助教授(当時。今の准教授)と議論したことがありました。
「何をもって人の生とするか、また死とするか」
これは、臓器移植に関わる「脳死」の概念にも関与してきます。
悩んだ挙句、私は「臓器形成期をもって人の生、脳幹死をもって人の死とする。」という意見を述べました。
助教授は納得しなかったみたいで、脳幹死を人の死と定義するならば、脳幹形成をもって人の生としないと整合性が取れない、と。
「科学的には」確かにそうかもしれません。
でも、人の生死って、そんな簡単に割り切れるものではないと思うんです。
脳幹死をもって人の死としたのは、脳幹が機能を停止すると自発呼吸ができなくなってしまうためです。
今、日本では臓器移植が関与する場合は全脳死をもって、そうでない場合は心停止をもって人の死と定義しています。
これは、明らかに臓器移植を念頭に置いた概念となっています。
人工妊娠中絶ができるのは、妊娠22週までです。
妊娠22週で、胎児の器官形成は完成の域に近づきます。
呼吸器はまだ形成途上ですが、その他はおおよそ成熟します。
社会的には、この時期をもって人として扱われるわけで、法的にはこの時期をもって人の生としていると考えられます。
人の生死は、自然科学だけではなくて、社会科学、法学、医療が複雑に絡み合って定義されているんです。
これらの条件を全て取り払って、一つの命として人を見た場合、私はやはり受精の瞬間をもって人の生、心停止をもって人の死と考えます。
ダブルスタンダードどころではない、カオスの中に今、人の生死は置かれている、そう思います。
さて、今日はさすがに寒いので暖房使ってます。(^^;)
といっても、今シーズン6回目かも。
暑さにはからっきし弱いのですけれど、寒さにはメチャクチャ強いのです。(^^)v
めまいは、先週1週間は平衡感覚がずっとおかしかったです。
救いは、「あ、やばいかも。」と感じても、歩けなくなるほど酷くはならなかったこと。
先週は、「これくらいなら歩けるし、なんとか・・・。」というレベル。
完治は無理でも、日常生活が普通に送れるくらいにはなりたいです。
お仕事は、おかげさまで日勤定時退勤厳守でなんとかこなせています。
なんだかよくわからないうちに、1月も下旬です。
今週もよろしくお願いいたします。