らてぃあ

自作小説倶楽部2月投稿

小説/詩

「不運な偶然」

とある地方新聞記事
26日午前11時半ごろ、A市S町の民家で「人を殺した」と、住人の加古K男さんが電話で県警S署に通報し、自首した。警察官が駆けつけると、1階の洋室で職業不詳の赤井M太さんが仰向けで倒れており、搬送先で死亡が確認された。加古さんによれば、無人のはずの一階で物音がしたため不審に思い一階に下りると、金庫を開けようとしている赤井と遭遇し、もみ合いになった際に赤井が取り出した刃物を奪い、誤って刺してしまったという。加古さんと赤井は初対面ではなく高校の同級生だった。警察は慎重に捜査を進めている。~

「納得がいかないわ」
実穂は記事を前に腕を組み、首を傾げた。僕の好きな仕草だが状況から軽率な発言は出来ない。僕は頷いた。
「そうだね。もとクラスメイトで十数年経って貧富の差が生じるのもきついけど、その上殺人事件が起こるなんて、ひどい偶然だ。一人が殺人者、もう一人が被害者なんて、悲劇だ」
「赤井君ってどんな人だったの?」
「家が金持ちだったから、少し鼻もちならないことがあったけど、常識はわきまえていた。でもロマンチストなところもあって悲恋ものの映画が好きだったかな」
「加古君は?」
「高校の時は根暗だったよ。クラスに一人はいる目立たない奴」
「それが、逆転して、赤井君が貧乏で犯罪者、加古君がお金持ちの社長になっているなんて」
「そういうこともあるだろう。僕の友達にも親がリストラにあって人生変わった奴もいるし」
「それだけじゃないのよ。加古君の奥さんが千華子だなんて」
そうだ。僕たち、僕と実穂、赤井、加古、千華子さんはそろって同じ高校の同級生だった。担任の先生は今頃記事を読んでいるだろうか? 読んでいたら、このおかしな偶然に気が付いているだろうか。もちろん、狭いコミュニティでは子供の頃から大人になるまで付き合いが続くこともあるだろう。しかし、中規模の都市に育ち、都市部へのアクセスも容易な僕たちは卒業後ほとんど連絡を取っていない。僕は加古と千華子さんが結婚していたことも知らなかった。実穂と僕の付き合いは、僕が必死で実穂を追い掛けた結果だ。
「千華子って一時だけど赤井君と付き合っていたらしいのよ」
「まさか、赤井と浮気してたとか?」
「それは無いと思うわ、短期間で別れたのよ。あの子って美人だけど愛情が長続きしないのよ。赤井君と付き合っていたことを覚えているのもほとんどいないわ」
「君は覚えていたんだ」
「放課後の教室で別れ話でもめている現場に遭遇しちゃったのよ」
と、実穂は少し顔を赤らめた。何か嫌なものを思い出したようだ。
「赤井は一途なタイプだから、千華子さんが振ったんだね」
「ええ、千華子って他人への思いやりも無くて、いつもトラブルを抱えていた。それに巻き込まれるのが嫌になって友達やめたのよ。下手すると同類と思われると思って」
僕は実穂の潔癖さと賢明さに満足を覚えた。自分の彼女として誇らしい。
「で、君は赤井が十数年を経て、恋敵になった加古を排除、つまり殺すべく加古の自宅に侵入したところを返りうちにあったと推理しているんだね」
「そうよ」
「それは違うよ。やっぱり不運な偶然だったんだ」
と、僕は自分の携帯の画面を見せた。彼女は目をむいた。

人間は良くも悪くも変わる。
高校生だった頃ガリヒョロだった加古は何故かボディービルに目覚め、身体を鍛えることを趣味にしていたらしい。自らネットに自分の写真と大会の成果を公開していた。こんな男を殺そうと思う一般人などまずいないだろう。
少し落ち込んだ実穂の頭をなでながら、10年後も20年後も素直な彼女でいて欲しいと思った。
ふと、赤井の好きだった映画を思い出す。ロマンチストだった彼が好きだった映画は男が愛する女のために自己犠牲を払うという内容だった。確か、暴力夫を殺して女を救うとか、
千華子をDVから救うために赤井は加古に立ち向かった? 一人では無理でも千華子が共犯なら屈強な男を殺すことは可能だ。
いや、正当防衛でも人を殺してしまったら加古の人生の汚点だ。それを狙った可能性はないか?
まさかね。
千華子が、赤井の命を懸ける価値のある女性だとも思えない。
映画と現実は違う。
僕は頭を振ってくだらない妄想を振り落とした。


#日記広場:小説/詩

  • スイーツマン

    スイーツマン

    2026/03/12 00:05:35

    加古の「ボディービル」という意外な変化を、実穂の「痴情のもつれ」という推測を覆すフックとして使うタイミングが絶妙。短い枚数の中で、読者の視点を二転三転させる筆力がすごいと思いました。