眠りの森 〜言葉の雫〜

ようこそ。ここは、胸の奥に深く沈んだ悲しみや、消えない寂しさを、一滴の水滴のようにそっと救い上げる場所です。木々が深い影を落とす静寂の森。そこは、誰にも見せられない孤独な涙や、言葉にならなかった切ない想いが静かに息づく世界です。独りきりで佇む夜、心に溢れる冷たい雫を、壊れやすいガラス細工のように大切に綴ります。果てしない寂しさに寄り添い、あなたの孤独の影をそっと包み込めますように。静かな痛みを分かち合う、終わらない夜の記録です。

琥珀色の遺言

人生

カウンターの隅、氷が溶けてカチリと鳴った。
 男は、自分のものではない琥珀色のグラスを見つめていた。向かいの席は空だ

そこには一冊の、手垢で汚れた古い詩集だけが置かれている。
「あいつは、最後までこれを手放さなかった」
 マスターが、手慣れた手つきでグラスを拭きながら言った。
 男は応えない。ポケットから、使い古された万年筆を取り出した。それは、あいつから預かったものだ。
『もし俺が戻らなかったら、このペンで俺の墓標に言葉を書いてくれ。ただし、湿っぽいのは抜きだぜ』
 あいつはそう笑って、翌朝の雨の中に消えた。
 街の再開発を巡る、泥沼のような交渉の裏側。あいつが守ろうとしたのは、正義なんて大層なもんじゃない。ただ、この薄汚れたバーの片隅と、そこに集まる連中の静かな夜だけだった。
 男は詩集を開いた。栞が挟まれていたページには、短い一節が。
『夜が深いのは、光を際立たせるためではない。ただ、安らかに眠るためだ』
「眠れたのかよ、お前は」
 男は呟き、万年筆のキャップを外した。
 あいつの遺体が見つかったのは、三日前の工事現場だ。殴られた跡はあったが、最期まで何も話さなかったという。あいつの沈黙が、この店の明かりを守った。
 男は詩集の余白に、一言だけ書き込んだ。
 「勘定は済ませた。ゆっくり寝ろ」
 男は席を立ち、一口もつけていないバーボンを飲み干した。
 外は冷たい霧が立ち込めている。泣くにはちょうどいい湿度だったが、男の頬は乾いたままだった。
 ただ、去り際に一度だけ振り返り、空の椅子に背を向けた。


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