15年
最近、正装したご両親と思われるような方々を、よく目にする。
隣に、胸にお花つけた学生サン~そっか、卒業式かと気付く。^^
もう、(該当者)が身内や身近にいないので、うっかり頭からすっぽ抜ける。(笑
そう言えば、来月からお孫チャン達が、保育園に入る予定~コレも入園式とかあるんだよネ?
(幼稚園しか経験ナイので、保育園は詳しくない^^;)
4月からお嫁サンが働き出すので、2歳(4月に3歳)&1歳(7月に2歳)姉妹揃って行くらしい。
一次募集に落ちて、2次募集にかけていたらしいのでw(落ちると4月入園不可能になるとか)、
受かって良かったなァ~、、、と思いつつ、2人が親からガッツリ離れるのを考えて、少し心配なバーバである。w
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昨日は、美容院に所用があって、午前中から出ていて~午後から夜まで延々外にいた。
東日本大震災から15年~丁度、2時46分にショッピングモールにいたので、黙祷の準備をしていた。
が、店内アナウンスが小さくて、気が付かない人も多々~タダの、ベンチで寝ている人みたいになった。(-ω-;)モウ
15年前~今でもハッキリ、その日の事は覚えている。
長男は、1週間前に高校を卒業し、在宅。
次男は、小学生で学校で遭遇し、生徒全員誘導されて校庭にいる所を迎えにいった。
そんな私は、次男の塾の?説明会に出ていて、教室で遭遇~先生の指示で、他のお母さんと机下に潜った。
ダンナは都内で仕事~丁度、車で帰宅する同僚?がいて、帰宅難民にならず家に戻れた。
しばらく、大きな余震が繰り返され、次男の授業参観中も揺れていた事あったなぁ、、、
店頭から色んな食料品が消えたり、駅前が計画停電で信号が消え、エスカレーターが止まり、色々あった。
横浜に住んでいても、あの時の不安、怖さ、街中の異常な空気感etc色んな感情が蘇る。
こうして今、個人的に不便があっても、普通に日々過ごせる幸せを改めて実感する。
感謝して、1日1日大切に過ごして行きたいと思う。
有羽
2026/03/15 12:35:35
> かれんさん
こんにちは^^
当時のご経験を、お話下さり有難うございます。
ご実家が川崎では、ご心配だったことでしょう、、、
他地域にいるから余計に様子もわからないし。
九州も台風の通り道だったり、大きな地震もありましたし、
自然災害とは切っても切れない縁が色々ありますね。
私は幸いと言ってはですが、↑当時も、他の地域の方々に比べれば、
生活がシビアに影響受けるまでは、いかなかったのですが、
それでもあの当時も異常とも言える街の空気感は、今でも忘れません。
阪神大震災の映像をテレビで見てから、枕元に防災グッズを入れたカバンを
置くようになりましたし、東日本大震災から、水やお茶を常時買い備え、
ローリングストックするのを習慣化しました。色々学ばせてもらっています。
本当に、日々穏やかにと願いながら、今の日々が当たり前じゃないと実感しますね。
かれん
2026/03/14 20:53:46
わたしも、その日のことは覚えています。
九州南部に移住をしていますが、実家は川崎にあります。
テレビから流れる映像を見て、震えが止まりませんでした。
何度、電話をかけても不通で・・・とにかく心配でした・・・
今、暮らしている所はかなり田舎です。
こっちから実家へ色んな物を送ったりしてましたが、なかなか届かなかったです。
いつもは実家から美味しいものとか色々送られてくるのを楽しみにしていたのに
反対になってました。
あの時、被災をした人たちはどれほどの不安と恐怖だったのだろう・・・
最近、九州では線状降水帯の長雨の影響で土砂くずれなどで被災する地域が多くなってきています。
地震以外でも色々なことが世界中でおこっていて・・・・・・
穏やかに過ごせていることに 本当に感謝しています。
皆様が穏やかに過ごせるように、心から祈っています・・・