かきくけこのブログ。

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エリックサティさんはわかりすぎる人

日記

エリックサティさんの事がNHKで特集されていた。音楽のすばらしさから、よほど高貴な生まれの一般的な普通の貴族生まれの宮廷音楽家なのかと思っていた。NHKの紹介によると、どうやらかなり変わった人だったみたいで(笑)変わった人大好き人間の私としては、がぜん興味と好奇心が湧いた(笑)


エリックサティさんの逸話
 音楽家らしからぬ、変なエピソードがいっぱい。暇な人はお調べになるといいかもしれません。芸術家は豊かな創造性を培う上で、自由な人生というキャンバスを与えられているのかもしれません。どうしてエリックさんはあんなにも変わった人と言われていたのだか。異常者だったのか?と疑われてもおかしくない気がしました(笑)でも多分、違うんじゃないでしょうか。

音楽
 エリックサティさんの音楽には、夜の沖の海のような、人知れない大きさがある気がします。大きさ、のように感じさせる謎さ。未踏の奥地を隠す自然の豊かさ。自然のままの景色に、人が感じる心のような濃やかな耽美さがあります。ああ、この瞬間瞬間のなんて素晴らしいんだろう。言いようのないけれど、理解不能なまでに心が揺さぶられる自然への畏敬、その時の気持ち。その時の人生の儚さ。その時の人間のちっぽけさ。その時の生きている奇跡に対する喜びと悲しみ。そういうような感情がギュっと詰まっている。もしくは、エモ表現は奥に隠してあまり多様しない。男の人らしいですよね(笑)あまりにも強い感情の露出を控える感じがとてもイケメン。

ジムノペディ
 エリックさんといえばジムノペディの微妙に人を不穏な気持ちにさせるあれですよね。あれいいですよね。アラビア音楽っぽい異界っぽさ、少しずらして紡がれるズレた雰囲気。もう天才すぎ~って思いますよね(笑)アラビアヤクザ音楽を、欲望や異質性の残像を漂わせつつ、西洋音楽の形式美と調和の中に封じ込めた。もうパソコンもないあんな時代にほんと天才って凄いな~って思います。私もアラビア音楽好きですが、やっぱり粗野な印象が否めない。なのにエリックさんが作ると、あ、これアラビア音楽影響受けてるな、っていう音楽も、美しい王室の王女様にお聞かせできるくらい洗練されたなまめかしさを残しているのに澄んだ音楽になってる。ああいう色っぽさの灰汁をろ過できるって凄い。いやどうだろう。生まれながら高貴な天才の耳に粗野粗野した音楽聞かせても、結局身に染みて生み出されるのはああいうジムノペディみたいな上澄みみたいなものなのかもしれない。あんな高騰な音楽生み出す人がただの変人と思えなかった。むしろ、人が何かを感じるという感情の機微を、芸術家の宿命としてわかりすぎるほどわかっていたから、奇行をとってバランスをとるような事してたんじゃないでしょうか。そんな悪意ない天才の表現を守るための行動だったような気がします。

わかりすぎるほどわかる
 芸術家のつくる作品は時を超えて普遍的に人の心を揺り動かす。という事はどういう事なのか。昔は私はそれは何かの偶然でそういう作品がうまれてしまうのかなって思ってました(笑)百回壺作って一回すごくうまいのができる。それが芸術作品として後世に残ってる、ラッキーパンチを繰り出すのが芸術家なのかって思ってました(笑)いやそんなただのラッキーで芸術作品ができたら、誰だって芸術家になれる。でもそんなわけじゃなくて、才能がまずあって、才能ある天才はわかりすぎるほどわかってしまう、音楽がどう人を動かすかわかってしまうから、ある表現が絶対にできない、ある表現が狙ってできる。という、わかりすぎて、受け止めすぎてしまう苦しみを背負っている人なんじゃないかな。って大人になった私は、エリックさんの奇行を聞く程、天才の、並外れた感受性、という事を不幸なギフトなのではないかとか思ってしまいます。あらゆるダメな音楽やいい音楽を判断できてしまう。判断のつかない人と違って。そういうのは、奇行に人を追いやってしまうくらい、苦しいモノではないかな。って私にはそう思えます。


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