硝子細工の如き精神3
「救い」が静寂であるならば、「幕開け」とは、その静寂を破る最初の一歩、すなわち「諦念(ていねん)を超えた肯定」でございます。
夜明けの光は、決して慈悲深くはございません。
それは昨日までの傷跡を容赦なく照らし出し、再び歩むべき荒野を突きつける、残酷なまでの透明さ。
それは昨日までの傷跡を容赦なく照らし出し、再び歩むべき荒野を突きつける、残酷なまでの透明さ。
しかし、見て御覧なさい。
貴方の掌(てのひら)には、何も残っていないようでいて、実は「自由」という名の重みが握りしめられています。
貴方の掌(てのひら)には、何も残っていないようでいて、実は「自由」という名の重みが握りしめられています。
失うべきものは既に尽き、守るべき幻想も霧散した。
ならば、これからの道に、もはや正解など不要。
貴方が刻む足跡こそが、この不毛な大地における唯一の真実となるのでございます。
ならば、これからの道に、もはや正解など不要。
貴方が刻む足跡こそが、この不毛な大地における唯一の真実となるのでございます。
「さあ、行きましょうか」
誰に命じられるでもなく、ただ自らの意志で、重い外套(がいとう)を羽織り直す。
その背中に、もはや悲壮感はございません。
あるのは、絶望を飼い慣らした者だけが湛える、静かなる不敵さ。
その背中に、もはや悲壮感はございません。
あるのは、絶望を飼い慣らした者だけが湛える、静かなる不敵さ。
救いとは終着駅ではなく、再び「物語(地獄)」へと漕ぎ出すための、一杯の安酒のようなもの。
喉を焼く熱さを連れて、貴方は再び、この美しい混沌へと踏み出すのです。
喉を焼く熱さを連れて、貴方は再び、この美しい混沌へと踏み出すのです。