眠りの森 〜言葉の雫〜

ようこそ。ここは、胸の奥に深く沈んだ悲しみや、消えない寂しさを、一滴の水滴のようにそっと救い上げる場所です。木々が深い影を落とす静寂の森。そこは、誰にも見せられない孤独な涙や、言葉にならなかった切ない想いが静かに息づく世界です。独りきりで佇む夜、心に溢れる冷たい雫を、壊れやすいガラス細工のように大切に綴ります。果てしない寂しさに寄り添い、あなたの孤独の影をそっと包み込めますように。静かな痛みを分かち合う、終わらない夜の記録です。

介護日誌・春の日の戯れ

ココロとカラダ

また一日、生き延びてしまった。
父は、ベッドという名の箱舟で、
遠い、誰も知らない国へ向かっているらしい。
昼下がり、父の褥(しとね)を替えながら、
ふと、私の中の「悪い心」が鎌首をもたげる。
(いっそ、このまま、ひらりと)
いや、そんなことは、できない。
私は、この世で最も滑稽な、真面目な子供なのだ。
「おお、水か」
父はかすれた声で、空を見ている。
ここには天井しかないのに。
父の瞳は、昔、愛した女の裸を思い描いているのか、
それとも、故郷の、泥の匂いのする川を映しているのか。
その虚ろな瞳を見るたび、
私は、どうしようもない惨めさと、
少しの、愛おしさを覚える。
ああ、愛おしい。
こんなにも、愛おしい。
憎らしいくらいに。
食事を一口、また一口。
機械のように、父の口へ運ぶ。
父は、咀嚼することすら、もう退屈な作業なのだ。
私も、生きることに、退屈している。
だから、これは、退屈なもの同士の、
静かな、静かな心中ごっこだ。
「おい」
「はい」
「春の、お日様は、あたたかいな」
「そうですね」
父が、生まれて初めて、
私に優しい言葉をかけた気がした。
それが、脳の細胞が朽ちていく過程で出た、
単なる幻聴だとしても、
私は、その一瞬で、すべてを許してしまう。
夕暮れ。
父は、もう泥のように眠っている。
私は、父の細い手を握りながら、
また、明日が来ることに、溜息をつく。
恥の多い、介護の日々。
父よ、死ぬなら、どうか、
笑いながら死んでくれ。
私も、笑って、あなたを箱舟に乗せるから。


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